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(下)戦禍次代に伝える住民や遺族、今年も慰霊祭へ
「この辺に住む人にとって、盆暮れやお彼岸に犠牲者を供養することは自然なことなんです」。安藤礼子さん(56)は、そう言って花を供えた。 銃撃後、自宅の庭に多くの犠牲者が横たえられたことを、安藤さんは一昨年亡くなった母八重子さんから聞かされた。近隣住民は、負傷者を運ぶために自宅の雨戸を外して安藤さんの家に集まり、救護活動を手伝った。「現場の惨状は目を覆うばかりだったと、母がよく言ってました」 ◎ 事件当時の報道や記録がほとんどない中、列車銃撃事件に改めて光を当てたのは八王子市郷土資料館が85年にまとめた「八王子の空襲と戦災の記録」だった。 「特定の地域への空襲とは異なり、たまたま乗り合わせた人が犠牲になる列車空襲は、犠牲者や負傷者の住所もまちまち。骨の折れる作業だった」。編さんに加わった都立松が谷高校の斉藤勉教諭(47)は言う。 斉藤教諭は、当時の国鉄や警察資料を調べるだけでなく、列車の乗客や遺族らからの聞き取り調査も進めた。その結果、事件当時の警視庁資料では死者52人、負傷者133人となっているが、病院への搬送中や後日に死亡した人を含め、最低でも死者が65人に上ることが分かった。 慰霊の会の取りまとめ役でもある斉藤教諭は「犠牲者の身元を含め、被害の全容はいまだにはっきりしない。当時を知る人が少なくなる中、今こそ戦争の惨禍に目を向けるべきだろう」と語る。 ◎ 「毎年、慰霊祭に行くのは大変。でも、このような悲惨な事件があったことを忘れてはいけない」。立川署の警察官だった父を亡くした手島昭司さん(64)(山梨県山梨市)は、今年も5日にトンネル近くで開かれる慰霊祭に出席する予定だ。母みよのさん(89)は体調が優れず、足を運べない状態だが、手島さんは毎年、息子や孫たちを連れて出席してきた。「戦争の惨禍を次の世代にしっかりと伝えたい」。言葉に力がこもる。 会社員だった父を亡くした武田笑子さん(75)(三鷹市牟礼)も、妹とともに慰霊祭に参加する予定だ。「初めて銃撃のあった現場を訪れたのは事件から18年後。それまでも、それからもずっと地元の人たちは供養を続けてきてくれた。体が動くうちは行きたい」 トンネルには現在、何事もなかったかのように列車が通過し、慰霊碑の周囲に茂る夏草を揺らす。しかし全長約160メートルのその空間には、今も惨劇の記憶が秘められている。あす5日、60回目の命日がやって来る。(この連載は末吉光太郎が担当しました)
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