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連載:海ノ向コウから――ウラジオストク
(上)夢積み船「ルーシ」 ロシアを往復

船長室でルーシの説明をするコワリョフ船長

 ロシア人でひしめく伏木税関支署で乗船手続きを済ませ、ルーシに乗り込んだ。ここはもう日本ではない。時計はウラジオ時間。日本より一時間進んでいる。

 「こちらへどうぞ」。ニコライ・コワリョフ船長(53)が、片言の日本語で出迎えてくれた。身長は一メートル七〇そこそこ。ロシア人としては小柄だが、ピンと伸びた背筋といかつい顔つきは、船長にふさわしい。

 「夏場は、京都や大阪、それにディズニーランドへ行く観光客も多いのですが、秋、冬は車が目的の人ばかりです」

 そんな説明を聞いているうちにも、ロシア人乗客がぞろぞろと岸壁に下りて行く。タイヤを満載したトラックがやって来る。“お客様”を迎えに来たパキスタン人の中古車業者もいる。岸壁はつかの間のにぎわい。船内から慌てて自転車を引っぱり出す客もいる。

 「申し訳ないけど、取材を受けている時間はないんだ。早くいい車を見つけないと」。革ジャケットに毛糸の帽子の男性は、一目散に自転車で姿を消した。目指す先は、新湊市や小杉町に集中する中古車店だ。


船内で焼き上げたパンを取り出すクズネツォワさん
   ★   ☆

 レストランは三百席もあり、十数人の乗客が昼食の真っ最中。「車探しの前に、腹ごしらえをしないとね」。テーブルには、真っ赤な色のボルシチや、分厚いロシア風カツレツなどが並んでいる。「パンは船内での手作りです」。コワリョフ船長はそう言って、厨房(ちゅうぼう)へ招く。

 洋上の女性パン焼き職人、エフゲーニヤ・クズネツォワさん(33)が、オーブンから出来立てを取り出すと、甘い香りがほんのりと漂う。荒波にもまれて船が15度以上傾くこともしばしばあるが、「揺れにはいつの間にか慣れてしまったわ。それより、お客さんの多い夏場は休む暇がなくて大変」。カップ状のクッキーにマーマレードと生クリームを載せたデザートも、クズネツォワさんの得意メニューだ。

 船内には、五つのバーや音楽サロン、ナイトクラブなどもあり、夏にはデッキのプールで泳ぐこともできる。「でも、富山にいる間は、みんな疲れていて、あまりにぎわいませんね」とコワリョフ船長。ウオツカを飲んで大騒ぎするのが好きなロシア人だが、中古車買い付けのため往復数十キロを自転車で走り回った後は、さすがに自室でゆっくり休む人が多いという。

   ★   ☆

 ルーシという船名は、九世紀末、ロシアに初めて登場した統一国家の名に由来する。「一九八六年に進水した当初は、旧ソ連の共産党書記長にちなんで『コンスタンチン・チェルネンコ』と呼ばれていたんですよ。ペレストロイカの流れの中、八九年に改名されました」。コワリョフ船長は激動の時代を振り返る。

 軍港都市として外国人の立ち入りが固く禁じられていたウラジオもいまや、走る車の九割は日本車だ。

 その間、ルーシは、バルト海や黒海でフェリー客船として活躍し、南太平洋やアジア地域では大勢のクルージング客を楽しませた。

 そのフェリー時代の名残で、ルーシには自動車専用スペースがある。内部は簡易立体駐車場のように上下二層に分かれていて、乗用車なら二百台収容できる。

 乗客が持ち込む中古車は、右舷後部の専用口から、次々と船倉に入れられる。クレーンで甲板に積まれる車も。坂道の多いウラジオでは特に人気があるレジャー用多目的車のほか、社名を色スプレーで消しただけのトラックや前部がつぶれた乗用車もあるが、「事故車だって平気さ。ロシア人はみんな自分で修理して乗るんだ」。船員も意に介さない。

   ★   ☆

 コワリョフ船長はウクライナ生まれ。世界の海を渡り歩き 、九五年からウラジオ―伏木航路に就いた。ルーシには九九年から乗船。もう一人の船長と半年交代で、約三百人の乗組員を率いている。

 「富山は、湾を挟んで見える山並みが素晴らしい。晴れた日には、乗客と一緒に眺めるんですよ」。停泊中、自転車で高岡市内を巡るのも楽しみ。「サウナで四、五時間、のんびり過ごす。日本酒はおいしいけど、ウオツカに比べるとワインみたいだ」と豪快に笑い飛ばす。

 「東京や大阪に比べれば、富山は小さな都市だけど、極東のロシア人にはなじみ深い場所。富山とをつなぐ船を動かせることに喜びを感じます」とコワリョフ船長。たくさんの中古車と、様々な人々の思いをのせ、ルーシは今年も荒波を越えてやって来る。 文・平松 洋志   写真・小林 武仁


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