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連載:海ノ向コウから――ウラジオストク
(中)首都より近い富山

友人と2人でエンジンルームを念入りにチェックするムザレフスキーさん(左、小杉町内の中古車販売店で)

 「七百は高いよ。ヘッドライトは割れてるし、傷もある。六百でどうだ」「ダメ、ダメ。いくらで仕入れたと思っているんだ」「ウ〜ン。それなら六百五十でどうだろう」

 小杉町にある中古車店。毛糸の帽子に、長靴姿のロマン・ムザレフスキーさん(26)が、雨にぬれながら、パキスタン人店主とやり合っていた。目指すは一九九三年製トヨタ「カリブ」、交渉はロシア語、通貨は米ドル。ムザレフスキーさんは何とか五十ドルを値切ると、スポーツウエアの胸元から札束を取り出した。

   ★   ☆

 伏木港や富山新港などに客船や貨物船で訪れるロシア人の中には、ウラジオストクからやってきた中古車ディーラーも多い。ムザレフスキーさんもその一人。高校を卒業した九二年に中古車ビジネスを始め、以来二十回以上も富山を訪れている。

 買い付けた車は、ウラジオ郊外の“青空中古車市場”で売りさばく。月収は約二千ドル(約二十六万円)。同地方のロシア人の平均月収は三百―四百ドルというから、かなりの高給取りだ。

 坂道や悪路の多い極東ロシアでは、大型の四輪駆動車が人気。だが、「そうした高級車に乗れるのはごく一部の金持ちだけ」とムザレフスキーさんは話す。

 ロシアは今、経済成長率が5%を超え、かつてない好景気に沸くが、その恩恵はモスクワから九千キロ離れた極東には届かない。「昼間から酒をあおり、麻薬にふける若者があふれている。自分がこの仕事に就いたのも、ほかに仕事がなかったから」。

   ★   ☆

 ムザレフスキーさんはこの日、十数軒の店を次々と回った。これという車を見つけると、車体に顔を近づけ、傷やへこみがないか調べる。「以前、ギアが壊れているのを知らずに買って大損をしたことがある。店は一切補償してくれないので、自分の目だけが頼り」。わずかな塗装のムラさえも、値引き交渉の材料だ。

 六百五十ドルで買ったカリブは、二千ドルで売るつもりだ。だが、ウラジオに戻ってから、オイルを寒冷地用に入れ替え、傷やへこみも直さないとならない。買い付け額と同額かそれ以上にもなる輸入関税や運送費も自己負担だ。ムザレフスキーさんは「もうけは売った額の一割程度。車を選ぶ労力に比べれば決して多くはない」とため息をつく。

   ★   ☆

 ある中古車店で、ムザレフスキーさんは店主に電話を借り、妻のエフゲーニヤさん(23)に電話を入れた。「誕生日おめでとう。もうすぐ帰るよ」。両親と妻、二歳の一人息子を残し、中古車を求めて年に何度も日本に足を運ぶムザレフスキーさんにとって、ホッとできるひとときだ。

 三日間の滞在で、四台の中古車を購入。三台までは携行品(手荷物)として持ち帰り、もう一台は友人名義で送る。帰りの船が出航するまでのわずかな時間で、新湊市内のショッピングセンターへ向かった。「日本製品は家族に喜ばれるんだ」。紙おむつに歯磨き粉、トイレットペーパーなどを次々と買い込んだ。

 「富山にはたくさんの中古車店があり、極東のロシア人にはなじみ深い。自分たちを怖がっている住民も多いようで残念だが、もっと関係が深まればいいね」

 税関での手続きも終わり、買い付けた車がクレーンで船積みされる様子を見つめていたムザレフスキーさんは、車の品定めの際には決して見せなかった笑顔を残し、客船に乗り込んだ。(平松 洋志)


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