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<5>都会人導く作品と自然「この葉っぱ、甘いにおいがするでしょう。タカノツメっていうんですよ」 深い森を抜ける熊野古道の中辺路ルート。新宮市熊野川町を拠点に国内外で活躍する木版画、木彫アーティスト番留京子さん(49)は、熊野古道ウオークの参加者約20人に語りかけ、道を覆う落ち葉を1枚、拾い上げた。 熊野本宮大社の神域とされる発心門王子から同大社までの約7キロ。地元語り部として、編みがさをかぶってツアーの先頭を歩き、草木や石碑の歴史、山里の暮らしなどを身ぶり手ぶりを交えて説明した。 「沢の音、木の葉の音、森林の空気を感じ、パワーをもらってほしい」 富山に生まれ、東京で育った。東京で版画の創作をしていた17年前、熊野川町の旧小学校校舎をアトリエとして利用できると聞き、移住した。都会の生活が息苦しくなっていた頃だった。 今では畑仕事をして、近所の人と野菜やおかずを分け合う仲だが、初めは正体の分からない来訪者を不思議がる人は多かった。だが、すぐに山々に魅了され、帰ろうとは思わなかった。うっそうと茂るシダ、ねじるように生えた木の枝、小さな赤い木の実。雨の日、山々に霧が立ちのぼり、オーロラのように揺らめく様は心底美しい。 2004年、熊野古道が世界遺産に登録されたのを機に語り部を始めた。「大自然に包まれていると、自分の悩みなどちっぽけに思える。都会の人も癒やされてほしい」。書物をひもとき、住民からも熊野の神話や逸話、歴史を学んだ。観光マップにない道まで網羅し、語り部では、手作りの地図やポストカードを使うこともある。 番留さんのアトリエ兼住宅は険しい山に囲まれた集落にあり、鮮やかな色彩の木彫や版画が所狭しと並ぶ。熊野の守り神の八咫烏(やたがらす)、細長い葉をびっしりとつけた植物……。森の神話や生命は番留さんを介して、作品に生まれ変わる。「絵の中の熊野の世界に入って」。そんな思いを込める。 なかでも「デリバリー・ウルフ」の版画が象徴的だ。「自然に恵まれない子どもたちに森を届けるイノイヌ(イノシシとイヌのハーフ)。お腹に森を抱え旅をしているの」。都会の人たちに自然を分けてあげようと、描いた。 だから個展は関東で開くことが多い。来場した人たちに作品の解説を求められると、森の魅力や神話などについて熱っぽく語る。 デリバリー・ウルフは今、同志社大学学生支援センター(京都府京田辺市)のキャラクターに採用されている。版画を見た同大職員が提案した。全体の流れに逆らってでも、自分のできることをしようというイメージが、建学の精神と重なった。障害のある学生を支援するスタッフのジャンパーにもウルフはプリントされた。 熊野信仰の普及のために全国行脚した中世の「熊野比丘尼(びくに)」になぞらえ、番留さんを指名する古道ウオークのリピーターも多く、その活動は人々の心に熊野を宿らせている。 「比丘尼と言うよりも、熊野へ人々を導く八咫烏のようになれればいいですね」。今日もまた森を歩く。(加野聡子) おわり (2010年1月6日 読売新聞)
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