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【1】「伝える」ということ遺族らの心の痛み胸に「マスコミは人のつらい部分に土足で入り込みますね」 笛吹市の境川小学校で、体育館で遊んでいた小6の男児が天井裏から転落死した事故から半年。再び取材しようとして学校側からこう言われ、思わず言葉に詰まった。 新聞記者になって1か月の5月。夕方、事故の一報を受け、詳しい状況の分からぬまま学校に到着すると、児童はすでに下校していた。時折、みけんにしわを寄せてうつむきながら足早に走り去る教師の姿があった。校内には、しんとした静けさの中に張りつめた重い空気が漂っていた。 校長の記者会見で詳細は明らかになっていった。体育館の鍵は閉まっていたが、体育館に通じる男子トイレの窓は鍵がかかっていなかった。「不幸な偶然が重なったとはいえ、何か防止策はなかったのか」。子供を失った家族の気持ちを思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。「こんな事故は二度と起こしてはいけない」。その夜はなかなか寝付けなかった。 あれから半年。学校は防止策を立て、前向きに歩き出していると思って取材を申し込んだ。しかし校長先生から取材は遠慮してほしい旨を伝えられた。「ご家族の悲しみは癒えていない。現段階で取り上げてほしくない」。半年たったと思っていたが、まだ半年しかたっていなかったのだ。 「事故翌日の全校集会で子供たちの顔までテレビに映っていてがく然とした」。同じ報道関係者に対して抱かれた不信感ともっともな意見を前に沈黙した。 事故を報道することで、二度と起こらないように周知することがマスコミの使命だと考えていた。今もそう考えているが、拒否されながらも取り上げることに矛盾を感じることもある。 それでも遺族や被害者の悲しみを無にしないために、書かなければいけない。人を傷つけないように出来る限り配慮しながら。たとえそれが10行に満たない記事であったとしても、全神経を持って取材に取り組むという誓いと自戒を込めて。(薩川碧) (2008年12月16日 読売新聞)
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