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【10】脳科学が拓く可能性〜アンチエージングと心の輝き〜布村明彦准教授山梨大学と読売新聞甲府支局が共催する連続市民講座「いのちの輝きに想(おも)いを寄せて」の最終講義が20日、甲府市武田の同大甲府東キャンパスで開かれた。医学部の布村明彦准教授が「脳科学が拓く可能性〜アンチエージングと心の輝き〜」と題して講演。最新の研究結果を交えながら、生活習慣と認知症の関係について解説した。 ■認知症とは 「アンチエージング」とは、「元気で長寿を享受することを目指す理論的・実践的科学」という意味です。日野原重明先生の言葉を参考にすると、「元気で」というのは病気を排除するのではなく、人間としての生きがいや存在の喜びを得られることを目指す科学です。 高齢者の定義は世界保健機関(WHO)で65歳以上とされています。総務省によると、今年2月1日現在、国民の22・9%が高齢者で、75歳以上のいわゆる後期高齢者は1割。1950年頃は20人に1人が高齢者でしたが、今から15年後には3割に近づき、後期高齢者の方が前期高齢者よりも多くなる見通しです。 認知症とは記憶力、判断力などの知的機能が、日常生活に支障を来すほど低下している状態のことを指します。ある日突然認知症になるのではなく、軽度の段階を経てなります。軽度認知障害の約1割が1年間のうちに認知症になります。 85歳以上の長寿の4人に1人が認知症になるとされます。認知症の原因になる病気はアルツハイマー病が60%、血管性認知症が20%です。 ■疫学研究 ナイジェリア・イバダン在住のヨルバ族と、米国インディアナポリス在住のアフリカ系米国人を比べた研究があります。両者は同じような遺伝的背景を持ち、違った生活環境に住んでいますが、米国へ渡った人はナイジェリアの集団よりも認知症発症率が高く、生活習慣病予防と認知症予防の関係が示唆されました。 危険因子に関する疫学研究の結果、肥満、高血圧、糖尿病、コレステロールなどが、アルツハイマー病と血管性認知症に共通の危険因子と分かってきました。生活習慣によって修正可能な危険因子です。低い教育歴、人との接触の少なさも危険因子に挙げられます。 一方、適度な運動、脳に刺激のある余暇活動、適量の飲酒、ビタミンC、ビタミンE、魚の摂取、地中海食などは認知症の予防因子になることも分かってきました。スウェーデンの研究所では、肥満や運動不足など7つの要素を0〜15点で数値化し、20年間追跡調査して認知症発症との関係を調べました。50歳前後の中年期に危険因子スコアが0〜5点の望ましい生活習慣を持っている人は70歳前後で1%しか認知症になりませんでしたが、危険因子スコアが高かった人は16・4%が認知症になりました。 ■アミロイド仮説 アルツハイマー病の原因説で最も有力な仮説がアミロイド仮説。アルツハイマー病の人はアミロイドベータたんぱくが脳にたまり、老人斑と呼ばれるシミが脳にできる。アミロイドベータが原因というのがこの仮説です。アミロイドベータを除去するための薬剤の研究は盛んに行われています。ワクチン療法で一部の患者では実際に脳のシミがなくなったが、認知症は治らなかったという報告があります。ただ、ごく少数の研究なので仮説が間違っているとは断言できません。もっと早い時期にアミロイドの蓄積を防ぐことが必要ではと言われています。 ■認知予備能仮説 101歳で死亡した修道女の研究では、亡くなる直前まで非常に高い認知機能があったが、脳の重さはわずか870グラムで、萎縮(いしゅく)しアルツハイマー病の人と同じほど多数の老人斑が認められました。平均84歳の59人の脳を調べたところ、4人に1人にアルツハイマー病の脳と変わらない変化があったという研究もあります。 認知予備能仮説は、教育歴などで認知の予備能が高い人と、低い人で認知症のなりやすさに差があるというものです。例えば、認知予備能が高いAさんと、低いBさんの脳の変化が同時に始まったとしましょう。Aさんの方がもともと認知予備能が高いため、Aさんの認知機能は認知症の発症ラインを上回っているが、Bさんは認知症と診断されるレベルまで低下しているという考え方です。 かつては成人後は新しい神経細胞は作られないと考えられていましたが、1998年に成人でも脳の神経細胞が新たに生まれることが報告されました。神経学での20世紀最大の発見のひとつです。高い認知予備能の背景には神経新生がかかわっていると推定されます。 ■酸化ストレス仮説 老化と関係が深い酸化ストレスがアルツハイマー病との関係でも注目されています。酸素を利用して代謝をする際に危険な活性酸素ができて、DNA、たんぱく質、脂質にダメージを与える、その蓄積こそがエージング、老化という考え方です。ビタミンCやビタミンEなどは酸化ストレスから体を守ります。脳は体重の2%ですが、全身の酸素の20〜25%を消費し、酸化を受けやすいのです。 ビタミンなどの摂取量と、アルツハイマー病発症の関係を調べた研究はたくさんありますが、ビタミンE、C、フラボノイドなどの効果を肯定しているものもあれば、サプリメントから取っても食べ物から取っても効かなかったという研究もあります。認知症への進行予防で有効とされた薬剤はまだ一つもありません。
■神経ホルミシス仮説 老化研究の上で、摂取カロリーを3割から4割カットするカロリー制限に関する研究は大きな影響を与えました。ネズミの実験では、32か月齢の高齢マウスでもカロリーを制限すると毛並みが生き生きとしています。毒物や虚血に対する脳の抵抗性を高めることも報告されています。アカゲザルでも同様の報告があります。 50人に3か月間、3割カロリーをカットしたアメリカの研究では、認知機能が高まったという報告でした。6か月間、歩行などの軽い運動を1回50分、週3回行うことで認知機能が高くなるという研究もあります。 米国立加齢研究所のマットソン博士はカロリー制限や運動が適度な酸化ストレス、代謝ストレスを体に与え、体に有利な遺伝子を活発にさせると主張しています。彼はカロリー制限や運動などの効果を過剰であれば毒だが、少しであれば薬として作用する「ホルミシス」理論で説明しました。 適度のストレスは大きなストレスへの抵抗力を増強させるということです。ホルミシスと同じ経路を活発化させる物質としてブドウに含まれるレスベラトロールがあり、サーチュインと呼ばれる長寿遺伝子に作用します。米国のアルツハイマー協会が「脳を健やかに保つ10か条」を示しているので参考にしてください。 ■スーパー高齢者礼賛の 危険 食習慣に気をつけ、脳に刺激のある余暇活動や運動をしたとしても認知症になることがあり、誰もが障害を持つ可能性があります。障害を負った本人は、当初、否認、怒り、抑うつなどの感情を持ちますが、その後自分の障害を受け入れ、新しい価値を見いだします。しかし、社会へ出て行こうとした時、段差など物理的な障害や、他人からの言葉や態度で疎外感を受けます。 なんでも1人でできるスーパー高齢者と、介護を受けながら老いを受容してひょうひょうと生きている高齢者が等しく評価されなければいけません。障害を持った人を社会全体が受容していくことが大切です。 (2010年3月26日 読売新聞)
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