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【1】家族の思い「拉致では」胸騒ぎが確信に2002年9月22日深夜。山本美保の双子の妹、特別支援学校教諭の森本美砂(45)は甲府市の実家で、寝床に就いた父・光男におそるおそる話しかけた。 「美保のことがあしたの新聞に載るの」。声は少し上ずっていた。「おまえ、何やってたんだ」。「このまま美保に会えないで死んじゃってもいいの」と続けると、「ばかやろう。俺の娘のことじゃないか」と一言。会話は途絶えた。 それでも美砂には、父が拉致被害者救出運動の当事者になる覚悟を決めたのが伝わってきた。 光男の妻、文子(69)は「お父さんは、夜中に突然『美保』と言って飛び起きたこともありました」と振り返る。心の中でずっと案じていたのは美砂にも分かっていた。 山本美保の名が世に知られるようになったのは、02年春、美砂が読売新聞に「姉は拉致されたかもしれない」と書いた手紙を送ったのがきっかけだった。 光男は県警の警察官だった。職務に忠実な警察官の性(さが)なのか、「身内」の手を煩わせるのをことのほか気にしていた。失踪から10か月後にようやく捜索願を県警に出したときも、「家族のことで申し訳ない」と同僚を気遣った。 しかし、間もなく届く新聞に記事が出る。美砂は怒られるのを覚悟で切り出したのだ。 ◇ いつも一緒だった双子姉妹。甲府市立西中学校で体操部、甲府東高校で山岳部に所属し、勉強もスポーツも競い合った。どちらかといえば内気だった美砂に対して美保は何事にも積極的だった。 「県外に出たい」と言っていた美保は日本女子大に合格した。が、2人で受験した山梨大には美砂だけが合格。その半年前に兄を交通事故で亡くし、3人兄妹が2人だけの姉妹になり、美砂は「美保と離れたくない」と思った。 「東京には行かせない」。家族の意向で結局、美保は県立高等看護学院(現・県立大学)に入学。それでも「やっぱり普通の大学に行きたい」と中退して受験勉強に励んでいた。 1984年6月4日。美保は「図書館に行く」と言って自宅を出たまま行方不明になった。「あのとき希望通りに本女(ぽんじょ)に行かせてあげれば」。美砂は今も自責の念に駆られる。 ◇ 周囲に姉のことを聞かれる度に、「東京の会社に就職した」「アメリカに行った」とウソをつかねばならない気の重さがあった。仲良しだった友人たちとは疎遠になった。家族の間でも美保のことをあえて話題にしなくなっていった。 2000年頃から拉致問題の報道が目立ってきた。美保の運転免許証入りのセカンドバッグが見つかった柏崎市の海岸は、蓮池薫らが拉致された現場の近くだ。「もしかして」。茶の間で家族のだれもがそう思いながら黙ってニュースを見た。「胸騒ぎがする」と美砂が本紙に手紙を書いたのは、そんなときだった。 日朝首脳会談が開かれた02年9月17日以降、救出運動は最高潮に向かった。同23日付の本紙社会面トップで「姉、北にいるのでは」と報じる記事で全国に知られることになった。離れていた大勢の同級生が手を差し伸べに来た。 光男はこの年の11月の集会で娘への思いの丈を声を絞り出すように「一片の情報でも下さい」と訴えた。翌03年1月には内閣府を訪れ、美保の調査を要請した。突然の生活の変化は体に大きな負荷をかけた。柔道で何度も国体に出場し、病気と無縁だった光男は、3月に脳腫瘍で倒れて入院。美保との再会はかなわぬまま、5月19日、帰らぬ人となった。68歳だった。 ◇ 5月初旬。東京・飯田橋のホテルの一室で北朝鮮の元工作員・権革(クォンヒョク)は美砂を前に滑らかな口調で話した。「あなたは美保より少し背が高いね。彼女は肩幅が広く、バレーボールがうまかった」 権は94年に脱北するまで美保によく似た女性は北朝鮮・平壌の兵器工場にいたと証言した。公表していない身体的特徴をよくとらえていた。「この人は美保を本当に知っているんだ」。光明が差し込んだ気がした。 失踪から20年目になろうとしていた04年1月。美保を含む特定失踪者12人の家族が一斉に警察に国外移送目的略取容疑で氏名不詳の犯人を告発した。この時点で美保の救出を求めて政府に提出した署名簿は延べ20万人を超えた。美砂たちは再会に向けて確かな手応えを感じていた。 その頃、特定失踪者問題調査会代表の荒木和博はある政府関係者からこう言われていた。「山梨はあまり騒がないほうがいい」。荒木がその真意を理解するのは、それからほぼ1か月後のことだった。 (敬称略) (2009年6月3日 読売新聞)
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