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    「福島の今を知って」<上> 黒い袋の並ぶ村、でもあきらめない

    黒い袋が並ぶ農地

    • 渡邊とみ子さん
      渡邊とみ子さん

     車窓から見えていた新緑の光景が変わった。表土が削られたはげ山、黒い袋が何十、何百と置かれた農地。重機や作業中の人の姿も見える。

     「人口6000人の町に今、7000人の除染作業員が入っているそうです。農地がこんなになってしまうんです」。走るバスの中で、かつてこの地に住んだ渡邊とみ子さん(61)が語る。福島県飯舘村。2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故の放射能汚染の影響を受け、現在、居住制限区域となっている地域である。

    ガイガーカウンター携帯の旅

    • バスから見えた福島県飯舘村の光景
      バスから見えた福島県飯舘村の光景

     これは、5月末に催行された1泊2日のスタディツアー「福島の今を知り、私たちの未来を考える2日間」の初日の様子だ。ツアーは、同県二本松市の農業者菅野(すげの)瑞穂さん(27)と旅行会社「H.I.S.」が連携し、実現した。

     女性農業者が企業と連携し、農林水産省が後押しする「農業女子プロジェクト」。2013年11月にスタートし、当初37人のメンバーが300人以上に拡大、協力企業数も21に増えるなど大プロジェクトに育ってきた。今回のツアーはそれ以前から行われ、プロジェクト開始と共に組み込まれた一つ。瑞穂さんは、福島第一原発事故の発生で放射性物質が飛散し、一部の農作物が出荷停止となったこともある土地で農業を営む。ツアーは、「福島の今を知ってもらいたい」という瑞穂さんの強い思いが託されている。

     5月30日朝7時、1台のバスに二十数人の男女が乗り込み、東京・西新宿を出発。まもなく、車内で添乗員が手にして皆に見せたのはガイガーカウンター(放射線量測定器)。値は、「0.07マイクロ・シーベルト毎時」を示した。医療用レントゲンの被曝(ひばく)量との比較をしながら、「道中のポイントで測っていきますね」と添乗員。行く先々での放射線量を知ることも、「今を知る」こと。年間2、3回開かれるこのツアーは今年3年目。遠く京都や名古屋などからの参加者もおり、「メディアでは見ているが、自分の目で現実を見たい」と口々に語った。

    泣いていたかーちゃんたちが笑った

     最初に向かったのは、福島市松川町にあるコミュニティ茶ロン「あぶくま茶屋」だ。原発事故で飯舘村や川俣町など阿武隈地域から福島市へ避難してきた女性農業者(かーちゃん)ら約20人で作る民間団体「かーちゃんの力・プロジェクト協議会」が事務所を置き、農産加工物や弁当を販売する場所。冒頭のとみ子さんは同協議会会長だ。

     事故前、阿武隈地域には()み大根やひき菜()り、かぼちゃ飯などの伝承料理があった。しかし、原発事故の避難生活で住民はバラバラになり、その伝承が失われかねないという声が上がった。そこで、福島大学教員らが協力し、「故郷の味を絶やさないように」と2011年10月、プロジェクトがスタートした。

    • あぶくま茶屋
      あぶくま茶屋
    • 茶屋の裏手にある「かーちゃんの力・プロジェクト協議会」の事務所
      茶屋の裏手にある「かーちゃんの力・プロジェクト協議会」の事務所

     とみ子さんは地域のかーちゃんを訪ねて歩き回り、参加を募った。最初はセシウムが検出された地元米が使えず新潟米を使ったり、検査のためにせっかく作った弁当を粉々に攪拌(かくはん)したり、と生産者には厳しい状況が続いた。

     「でも、泣いていたかーちゃんたちが笑うようになって」。現在、放射性物質検査を国の基準より厳しい基準で独自に実施し、合格すると「かーちゃんシール」を貼るシステムをとって弁当などを販売している。

     ツアーでは茶屋で、柏餅作りを体験して試食しながら、加工品を買ったり、地元の人から話を聞いたりして時間を過ごした。

    • かーちゃんたちに教えてもらい、柏餅づくりに挑戦
      かーちゃんたちに教えてもらい、柏餅づくりに挑戦
    • かーちゃんたちが作った弁当
      かーちゃんたちが作った弁当

    「までい」の村 飯舘

    • バス車内で話すとみ子さん
      バス車内で話すとみ子さん

     数十分後、一行は再びバスに乗り、とみ子さんの自宅へ。車内ではとみ子さんの語りが続く。

     飯舘村は「平成の大合併」にも参加せず、「までい」(「手間暇を惜しまず」「じっくりと」などの意味を持つ福島県の方言)と呼ばれる独自のまちづくりを進めてきた。40年前に嫁いできたとみ子さんは、その協議に住民代表として女性で唯一参加する一方、村のブランド野菜「いいたて雪っ()」(カボチャ)などを栽培していた。

     「飯舘の地域づくりは、震災前はよかった。みんなで意見出し合って、女性が元気で、あなたも先生、わたしも先生と言い合って、自分で勉強しました。飯舘のまちづくりは本当にしっかりしていた」と話す。

     震災発生時は飯舘村役場近くにおり、家族は無事だったが、長野県白馬村への避難、茨城県阿見町での出稼ぎ、一時帰村などを経て、現在は福島市に家族で住んでいる。

     バスは飯樋(いいとい)小学校の前を通る。「子どもたちの姿が見えないとき、胸が痛かった。今の時期は田植え終わって、本来なら、さなぶりの時期です」。「さなぶり」とは田植えを終えた後の祝いや休日のこと。ガイガーカウンターは車内で「0.18マイクロ・シーベルト毎時」を指している。

    • ガイガーカウンターを手に、自宅前に立つとみ子さん。「までい工房 美彩恋人」の看板が雑草に埋もれている
      ガイガーカウンターを手に、自宅前に立つとみ子さん。「までい工房 美彩恋人」の看板が雑草に埋もれている
    • 敷地内にも黒い袋があった
      敷地内にも黒い袋があった

    • とみ子さんが夫と作り上げた「までい工房 美彩恋人」
      とみ子さんが夫と作り上げた「までい工房 美彩恋人」
    • 自宅前で語るとみ子さん。「家は人が住んでいないとダメ。こういうとこにいたんですよ」
      自宅前で語るとみ子さん。「家は人が住んでいないとダメ。こういうとこにいたんですよ」

     とみ子さんの自宅に着いた。最初に目に入ったのは、胸の高さまで伸びた大量の雑草とこの地にも並ぶ黒い袋。「鳥の声がして、星がきれいで静かでいいとこなんです」

     農業のかたわら、2007年4月、とみ子さんはここに加工施設「までい工房 美彩恋人(びさいれんと)」を開いた。研究を重ねてきたジャガイモ「イータテベイク」やカボチャ「いいたて雪っ娘」を生産、加工、販売する拠点だ。

     しかし、被災ですべて奪われた。村では2018年度の帰村を目指すが、食べ物を扱ってきたとみ子さんは今の福島市で仕事をしながら生きていき、戻らないつもりだ。思い出多い家や工房も壊すことになる。「おとーさんと一緒にすごく苦労して作ったのに。目の前に自分の家あるのに住めないって不思議です」

     一行はその後、村役場やトイレ休憩所になっている元商業施設などに寄った。役場前の線量計は「0.48マイクロ・シーベルト毎時」だった。

    • 雑草のはびこる飯舘村役場前
      雑草のはびこる飯舘村役場前
    • 役場前の線量計。右奥の飯舘村民歌の歌碑には「村を富まさん」と刻まれている
      役場前の線量計。右奥の飯舘村民歌の歌碑には「村を富まさん」と刻まれている

    「あきらめないことにしたの」

     現在住む福島市で作付けに入って5年目だが、開拓した土地は石がごろごろし、今まで耕してきた飯舘の土がいかによかったか、感じるという。しかし、帰村しても、肥沃な土地をはがして山砂を入れ、そこをもう一度耕すことになる。今は、飯舘という名前をほかの地域でも忘れられないよう伝えていきたい思いが強い。

     「いろんな人に支えられてきたけど、これからほんとに自主自立の時に入る。もらうだけの生活じゃいけない、あるもの探しをしようと思って」。こう話すとみ子さん。最後に、「これは私の覚悟です」と言って、「あきらめないことにしたの」という詩を朗読した。

     2011年5月、とみ子さんは避難先で畑を借りてジャガイモやカボチャの種をまいた。「種まきの時期だったから」。夏、カボチャが実をつけた。1粒まいたことで、200個実ったことに感謝した。そこで作ったのが「植物は、こんな状況の中でも頑張って生きているんだもの だから私は あきらめないことにしたの」という詩だ。

     「私たちは崖っぷちです。与えられた環境に文句言うのではなく、道なき道をやってきた。今は、後継者づくりが課題。『(ゆい)』(村の共同作業)を伝えたい」と語り、とみ子さんはバスを降りていった。

     (メディア局編集部 京極理恵)

     

    「『福島の今を知って』<下> 体験ツアーで関係をつなげていく」に続く)

     

    参考:かーちゃんの力・プロジェクト協議会

        農業女子プロジェクト

    ※かーちゃんの力・プロジェクトについては「食と農でつなぐ 福島から」(岩波新書)などに紹介されている

     

    2015年06月25日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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