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    「福島の今を知って」<下> 体験ツアーで関係をつなげていく

    • 菅野瑞穂さん
      菅野瑞穂さん

     福島県飯舘村に住んでいた渡邊とみ子さん(61)のお話(「福島の今を知って」<上> 黒い袋の並ぶ村、でもあきらめない)を聞いた翌31日は、同県二本松市東和地区へ。ツアー参加者が三々五々、ある水田に集まってきた。

     前夜は近くの農家民宿に分かれて泊まり、地元の人とのよもやま話に花を咲かせた。さあ、これからツアー後半のメインイベント、田植えだ。

     指導役はツアー企画者の菅野(すげの)瑞穂さん(27)。記者も苗を手に田んぼに入ったが、泥の中に足をずぶずぶ埋める感触にややあわてる。しかし、苗が軟らかい泥におさまると、「植えた」という気持ちがわきあがってくるから不思議だ。作業はゆっくりマイペースで約2時間。参加者からは「自分の植えた苗がきちんと育っているか見に来たい」という声も聞かれた。

     瑞穂さんは「こうやって実際に田植えを体験した人が、この地の現状を他の人に伝えていってほしい」と話す。

    • 青空の下の田植え
      青空の下の田植え
    • 瑞穂さんが扱う作物は大根、有機イチゴ、トマトなど様々。冬には、米を加工しきねつき餅を作る
      瑞穂さんが扱う作物は大根、有機イチゴ、トマトなど様々。冬には、米を加工しきねつき餅を作る

    体育大卒業後、二本松の実家で就農

    • 朝の東和地区
      朝の東和地区

     瑞穂さんは県内の高校から東京の日本女子体育大学に進学し、健康スポーツを専攻。2010年に卒業して就農した。

     体育の先生という最初の目標が変わり、「直感で農業を」と思ったという。実家は米、野菜、加工品を扱う専業農家。実家が位置する東和地区は、旧東和(まち)が05年に二本松市と合併し、有機農業やリサイクル事業、都市との交流、新規就農受け入れ、地域活性化などに取り組んできた。父の正寿(せいじ)さんはNPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」の初代理事長でもある。

     瑞穂さんは就農した10年4月から、「農家娘の日々」と題してブログを始めた。ブログでは「初めてトラクターに乗りました」などと、農業者として日々学び成長する自分の心情、田畑に実る作物の様子、大学時代から続けるセパタクロー(足や頭を使ってボールを相手コートに返し合う、バレーボールに似た競技)への思いなどをつづってきた。

    「生きる道を絶たれるような衝撃」

    • 「道の駅ふくしま東和」でのツアー参加者と地元住民の交流会
      「道の駅ふくしま東和」でのツアー参加者と地元住民の交流会

     東日本大震災が発生した11年3月11日。瑞穂さんの家族は無事だったが、蔵が壊れ、地域は停電した。道路はひび割れ、土砂崩れなども発生した。続いて福島第一原子力発電所事故が起き、浪江町の住民が大勢避難してきた。

     同16日のブログでは住民らへの支援物資提供を呼びかけながら、放射性物質の農作物への影響を「生きる道を絶たれるような衝撃」と書いた。

     同月下旬、計画停電実施中で夜間は薄暗くなった東京を訪れた時の心情も記している。

     「変わらない風景。人が(にぎ)わう町。被災地の現状はテレビに映っていることでしか情報はないため、原発の不安や今後の生活の見通しがつかない(略)現地にいる人たちのはかりきれない思いというのは伝えづらい」

    • 「道の駅ふくしま東和」(福島県二本松市)の店内。地元産の食材が9割を占め、雇用創出にも一役買っているという。NPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」が指定管理者だ
      「道の駅ふくしま東和」(福島県二本松市)の店内。地元産の食材が9割を占め、雇用創出にも一役買っているという。NPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」が指定管理者だ
    • 道の駅内に、商品の放射線を測定する機械も置かれている
      道の駅内に、商品の放射線を測定する機械も置かれている
    • 宿泊先の一つ「季の子工房」の武藤一夫さんはNPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」の現理事長。「人の心の復興がまだかもしれない。でも、震災に関係なく、少ない人数でいかにこの産業が守れるかを考えたい」
      宿泊先の一つ「季の子工房」の武藤一夫さんはNPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」の現理事長。「人の心の復興がまだかもしれない。でも、震災に関係なく、少ない人数でいかにこの産業が守れるかを考えたい」

    すべては“体験”から生まれる

     農地の土壌をひっくり返して耕し、放射性物質を吸着するゼオライトをまいて、農業を続ける。県内の農家で、将来を悲観した命を絶った人たちのことも、次々に耳に入ってくる。

     そんな日々の中で、瑞穂さんは時に落ち込みつつ、震災後の自らのテーマの一つを“伝える”ことに定め、出身大学などで「福島の今」を伝える講演などに出かけ始める。また、「すべては“体験”から生まれる」と考え、現場を見てもらう農業体験ツアーも独自に企画するようになっていた。そんな時に、震災直後から実施していたボランティアツアーの次の展開を考える旅行会社「H.I.S.」の担当者と知り合い、一般市民も参加しやすい復興支援ツアーを始めることになった。13年3月7日の誕生日には、両親から独立する形で「きぼうのたねカンパニー株式会社」を設立、代表取締役となった。

     会社では体験ツアーやネットを使って、放射能検査で検出限界値以下だった農産物を販売する。「福島にきぼうのたねをまく」が会社のモットー。種をまくことで人が集まり、人と自然がつながっていくという思いを込めた。

     ツアー中、瑞穂さんは「メディアで伝えられるのは切り取られた情報。まず知ること」と強調した。震災後に実感した思いだった。多くのメディアが瑞穂さんや正寿さんを取材し、報道した。反響も多かったが、「やはり、来て感じてほしい」という思いが募った。

     今回のツアー参加者も「作り手の苦労を知った」「田植えをしてみて、土の大切さを感じた。この土をはがすのは無念だったろう」「悔しさの追体験をした気持ちです」など話し、現場で見聞きしたことを家族や友人に伝えたいと語っていた。

    • 田植え後はバーベキュー。ツアーの感想をそれぞれ発表した。近所に住む移住者の夫婦は「福島に関心のある人が大勢いてうれしい」
      田植え後はバーベキュー。ツアーの感想をそれぞれ発表した。近所に住む移住者の夫婦は「福島に関心のある人が大勢いてうれしい」
    • 父の正寿さん(左)と母のまゆみさん。正寿さんは30年以上前から有機農業に取り組む。まゆみさんは道の駅で働いている
      父の正寿さん(左)と母のまゆみさん。正寿さんは30年以上前から有機農業に取り組む。まゆみさんは道の駅で働いている

    「稲刈りに来てください」

     瑞穂さんは今後、この地区の商品開発にツアー参加者もかかわってもらうことなどを考えている。「みなさんの主体的活動が理想です。原発事故の風化もあるけれど、いろんな人がかかわって農業の可能性を広げていきたい」

     心の支えになっているのは、大学のときに始め、競技歴8年になるセパタクローだ。

    日本セパタクロー協会理事で、福島セパタクロークラブ代表も務める瑞穂さんは全日本の強化選手にも選ばれ、この4月には韓国へ、5月にはタイへ遠征した。週3回は農作業後に練習に出かける。仲間とのひと時は気持ちを切り替えられる貴重な時間だ。

     「大学のときは人前で話すのは苦手で、自分を他人と比べるタイプでした」と瑞穂さん。就農時に始めたネットでの情報発信が人間関係を広げ、自信にもつながった。震災後、厳しい状況に置かれながらも、支えてくれる人への感謝と共に情報発信を続けてきた。その姿勢が多くのブログ読者の心を打った。

     「みなさんが植えた苗がどうなったかチェックして、できれば稲刈りに来てくださいね」と瑞穂さん。今日も元気に福島の地に「きぼうのたね」をまいているのだろう。

     (メディア局編集部 京極理恵)

     

    ブログ「福島の大地にきぼうのたねをまく

    道の駅 ふくしま東和

    NPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会

    2015年06月26日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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