よみうり入試必勝講座 WITH代々木ゼミナール




2009年4月号
問題解答作成のヒント解答例PDF(全ページ)
 
 こんにちは。前回のプレ講座に続いて、第1回目の小論文講座をはじめることにしましょう。

 前回は、新聞を読むことを通して「現実」に触れることの大切さ、そして、現実をリアルに受けとめるところから自分なりに「考える」作業がはじまるという話をしました。新聞の報じる「現実」を自分の問題として受けとめた時にこころに浮かぶ本質的な疑問、そこから「考える」作業がはじまるという話でした。今回はそれを受けて、より具体的なテーマに即して、さらに小論文について考えてみましょう。

地球環境問題について

 今回のテーマは「地球環境問題」。大学入試の小論文でも最近、とくに出題頻度が高くなったテーマです。と同時に、自分なりの意見がなかなか述べにくいテーマでもあります。まずは、このあたりから考えていきましょう。

 なにしろ、このテーマはサイズが「地球大」ですから、「問題が大きすぎて、どこから考えればいいのか、よくわからない」。あるいは、「あまりにも一般性が高すぎて、自分の意見の手がかりが見つけにくい」。そう感じる人が多いようです。

 これはある意味ではもっともな話です。いきなり「世界について考えろ」、「地球について考えろ」といわれて、自分の意見をすらすらと述べられる人が、そんなにたくさんいるとは思えません。

 こういう時には、「具体的な手がかり」を見つけることが大事です。物事を考えるということは、具体的な現実を自分なりにリアルに把握し、その上に一般的、抽象的な考えを積み重ねていくことです。まず具体的な手がかりを見つけ、そこから一般的な考えへと発展させていく。「考える」という作業は、そのように「具体から一般へ」と頭を働かせていくことだと言ってもいいかもしれません。

 もしも、具体的な手がかりが見つけられなかったらどうなるか。おそらくは「地球環境を守りましょう」とか、「地球にやさしく」とか、「エコ生活を心がけよう」などという、どこかで聞いたことのあるような、響きだけはきれいですが、あまり中味のない文章になってしまいそうです。

 それは要するに自分の頭で考えていないことを意味します。自分の考えの具体的な立脚点が見つからないままに、世の中にふわふわと漂っていることばをただ書き並べただけの文章、そこには現実をリアルに受けとめ、自分の頭とことばで考えるという小論文の本質が欠落しています。

 そうならないためにはどうするか。まずは、ある程度の「知識」が必要になります。とくに、ある問題に関して「どのような対立点が存在するか」を知ることはとても大切です。新聞や本などを通して、世の中にどういう問題が存在し、それをめぐってどのような意見の対立があるか、それを知ろうと努めることは、その人の問題意識を高め、思考力を高める上でたいへん重要な作業です。

 なぜ対立点を知ることが大事かというと、対立する二つの立場を知り、それぞれの考え方を知れば、「自分はいったいどちらを選ぶだろうか」という主体的な選択の姿勢が生まれてくるからです。そして、どちらか一方の立場に立って他方を批判するためには、どのような根拠や説明が必要になるか、という発想も出てきます。こういう主体性や論理性をもつことが、小論文を書く上ではとても大切なことなのです。

 そういう対立点を知るためにも、「新聞」は有効な手段となります。

 今回は「地球環境問題」、なかでも「温暖化」についての討論を紹介する記事を取り上げました。ここにはどういう問題に対する、どのような意見の対立があるのか。それを考えながら、以下の記事を読んでみてください。


温暖化異聞(中) 未知の領域 異なる評価

 エネルギー問題の研究者ら約1700人が所属する「エネルギー・資源学会」が今年1月、学会報の特集「地球温暖化・その科学的真実を問う」をウェブサイトで公開した。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」と同様に、近年の温暖化の主因を人為起源の温室効果ガスの増加に求める「IPCC派」と、自然変動など別の要因を重視する「懐疑派」の討議を、往復書簡の形で載せた。続編も3月5日に公開する予定だ。

 これまで科学者の間ではほとんど無視されてきた「異論」を正面から取り上げて公開するこのような学会の試みは、異例だ。

 企画した吉田英生・京都大学教授(熱工学・エネルギー工学)は、「温暖化が政治問題になるにつれ、メディアなどで、科学的議論には決着がついたかのような表現が増えたことに危機感を覚えた。本当に温暖化は確かなのか、純粋に科学の視点で再考したかった」とその趣旨を説明する。

 討論の参加者は5人。IPCC派は、主流派の研究者らでつくる「懐疑派バスターズ」の江守正多・国立環境研究所温暖化リスク評価研究室長(気象学)が代表。懐疑派は、オーロラ研究で著名な赤祖父俊一・米アラスカ大学名誉教授、伊藤公紀・横浜国立大学教授(環境計測学)、草野完也・海洋研究開発機構プログラムディレクター(シミュレーション科学)、丸山茂徳・東京工業大学教授(地球惑星科学)が参加した。

 懐疑派といっても、その主張=表=はさまざまだが、なかでも議論が白熱したのは、IPCCが温暖化予測の根拠としたコンピューターによる「気候モデル」の妥当性についてだった。「気候変動の重要なメカニズムに未解明な点が多いのに、モデルが実際の気候を予測できているといえるのか」というのが懐疑派の主張だ。

 気候は、多くの現象が複雑に影響しあっているため、科学の分野のなかで最も予測が難しいものの一つだ。

 たとえば「雲」も、温暖化への影響がよくわかっていない。雲は太陽光を遮るため冷却効果を持つが、種類によって逆に地上からの熱を吸収する温室効果も持つ。水蒸気や大気中の微粒子(エアロゾル)の量しだいで雲の性質は大きく変化するため、たしかに、その効果を気候モデルですべて正確に考慮するのは難しい。

 このほか、伊藤さんは「気候モデルには、土地利用の違いなど、現実には大切なはずの地域的な要素がきちんと取り入れられていない」と指摘。

 草野さんも「二酸化炭素説にこだわると、それ以外の可能性を追究する研究が発展しないのでは」という。

 これに対し、江守さんら主流派はこう考える。未来の気候を物理法則に従って科学的に予測するには、たとえそれが完全無欠ではなくても、気候モデル以外に適当な手段がない。しかも、モデルの精度は改善されてきている。細かいことはさておき、「近年の温暖化は、人為的な二酸化炭素の増加が原因である可能性が高い」という見解をまとめられる水準には達している。IPCCの評価報告書は、現時点で得られている見解を、不確実な面も含めて多角的に評価した結果だ。

 科学は、膨大な未知の現象を一つひとつ解明し続ける営みなので、どこまで行っても終わりがない。こうしてみると、IPCC派と懐疑派は、おなじ温暖化の科学を、それぞれ「ここまでわかった」とみるか、「これがわかっていない」とみるかで立場が違っているともいえる。

 悩ましいのは、つねに不確かさを引きずる宿命にある「科学」を、社会的な出費をともなう温暖化対策の根拠としなければならないことだ。江守さんは最近、「これまで社会に対して、不確かさも含めた科学の姿を正しく伝える努力が足りなかった」とも感じている。
地球温暖化についての各研究者の立場
(読売新聞09年3月2日(月)夕刊)

  • 問1 文中の表(「地球温暖化についての各研究者の立場」)から読みとることのできる内容を句読点とも350字以内でわかりやすくまとめなさい。
  • 問2 本文と表にもとづいて、あなたの考えを句読点とも1000字以内で述べなさい。

 この記事を読み終えて、どんな感想をもちましたか。ちょっと驚いた人もいたかもしれませんね。「え、地球温暖化って二酸化炭素が原因だったんじゃないの」と思った人もいたでしょう。「そんなのとっくに結論が出てると思ってた」という人もいるでしょう。私たちの身の回りでは、毎日、毎日、「地球温暖化を防ごう」、「二酸化炭素の排出を減らそう」、「もっとクリーンなエネルギーを」という声が聞こえてきます。でもこの記事によると、専門の研究者の間にも、「温暖化の原因が温室効果ガスである」という考えに疑問を抱いている人がいることがわかります。

少数派の意見を知ること

 この記事には、じっくりと内容を検討し、その意味するところを自分なりに整理し、考えるだけの値打ちがあると思います。その理由のひとつは、ここには温暖化の問題を考える上での「具体的な手がかり」があると感じられるからです。そして、もうひとつは、ここに紹介されている、いわゆる「懐疑派」の人々が、おそらく研究者全体のなかでは少数派に属するのではないかと思われるからです。

 社会全体がひとつの大きな流れを作って動いている時、その流れにただ押し流されるのではなく、少し立ち止まって、「今、自分はどういう流れのなかにいるのか」と、冷静に、客観的に考えることはとても大切なことです。とくにその大きな流れに抗して、あえて少数派の立場から声を上げている人々がいたとすれば、その人々の声に注意深く耳を澄ますことが大事です。

 もしも社会の大きな流れが全体として正しいものであったとしても、それに異を唱える人々の声に慎重に耳を傾ける。そういう態度のなかからこそ、論理的にものを考え、客観的に物事を検討する姿勢が生まれてきます。「小論文」を学ぶということには、そういう意味も含まれているのです。

 社会の大きな動きに身を委ねた時、人はしばしばみずから「考える」ことを忘れてしまいます。「これはちょっとおかしいな」と感じても、「まあ、いいか、なにしろ社会全体がそうなってるんだから」と思って、その疑問を見逃していく。その積み重ねが私たちを徐々に「考える」世界から遠ざけていきます。そして、ふと気づくと、思いもしなかった場所にたどりついてしまう。そういうことが少なくありません。それを防ぐためには、「とにかくそうなってるんだ」とか、「そうすることがあたりまえなんだ」というところで思考を停止させず、少数派の人々の意見に注意深く耳を傾けることが大事だと私は思います。

 この記事が示している「懐疑派」の人々の問いかけ、すなわち地球温暖化の原因はほんとに温室効果ガスなのか、そもそも温暖化は実際に起こっている異常現象で、将来にわたって温室効果ガスの排出規制を行うべきなのか、という声に、私たちはもっと注意を払うべきだと思います。

 そして、こういう少数派の見解を知る上でも、新聞というメディアが一定の役割を果たしていることを忘れるべきではありません。少なくともこの記事で紹介されている事実が、テレビで取り上げられることは少ないと思われます。テレビで流されるのは、どうしてもその時々の大きな流れの中心にあるもの、人々が強い関心をもっているものに傾きがちです。その流れに異を唱えるものに対しては、積極的に取り上げようとする姿勢をあまり感じることはできません。新聞の記事を丹念に読んで、少数の人々の意見に注意を払うことの意味を、みなさんにはあらためて考えてもらいたいと思います。
 
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