「敗北の責任は、何と言っても、党首の私にあります」。長く社民党の「顔」だった土井たか子さん(74)が13日、辞任した。
9日に投開票された衆院選で大敗、自らも小選挙区で敗れるという結果を受けて苦渋の決断となった。「秘蔵っ子」と言われた辻元清美・元衆院議員や側近の元秘書らが秘書給与詐欺事件で逮捕・起訴され、党首としての責任を問われ続けた末の、“傷だらけ”の辞任劇となった。
同日午後零時半過ぎ、東京・三宅坂の社民党本部で記者会見に臨んだ土井さんは黄色のスーツ姿。「選挙が誠に厳しい結果だった。この責任に対し、党首を辞任することを決意いたしました」と、一言一言かみしめるように述べた。落ち着いた様子だったが、時折声をうわずらせる場面もあった。
今後については、「社会的に弱い人の側に立って、一議員として頑張っていきたい」と語った。また、秘書給与詐欺事件や拉致問題について問われると、「それぞれ、党として間違ったことは間違ったと認め、反省して対応してきたが、事実が曲げられて伝えられた」としながらも、「それが選挙結果に影響したなら、すべて私の責任」と言葉を継いだ。
党首辞任は、選挙の結果が出た直後に決意したことも明らかにした。
土井さんの地元、社民党兵庫県連代表の掛水須美枝県議は、「選挙後に憔悴(しょうすい)し切っていただけに、よくよく考え苦しんでの決断だと思う。辞任を快く認め、今後も皆で支えていきたい」と話した。
土井さんは1986年9月、委員長公選で第10代社会党委員長に就任し、憲政史上初の女性党首として話題を呼んだ。
「やるっきゃない」「だめなものは、だめ」など明快な“おたか節”で主婦層の心をつかみ、89年夏の参院選では“マドンナ旋風”を吹かせて女性候補を続々と当選させた。93年8月には女性初の衆院議長に就任した。
しかし、党勢はその後失速、社民党への改称を経て96年に再び党首に就任したが、退潮ムードに歯止めはかけられなかった。
今年7月、辻元元議員らが逮捕された事件は党に大きな打撃となったが、土井さんは「突然の逮捕には疑問を禁じ得ない」と捜査を批判。党首として責任を取らなかったことが後々まで響いた。
北朝鮮による拉致事件を巡る党の対応も批判にさらされ、今回の衆院選で議席は3分の1にまで落ち込んだ。自らも12選を目指した兵庫7区で自民党の新人に敗北。比例選で復活当選したものの、選挙当夜の会見では「(選挙結果を)重く受け止める」と目を潤ませていた。
(2003/11/13/13:51 読売新聞 無断転載禁止)