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    インタビュー

    来日公演から50年、ビートルズは世界の何を変えたのか…ピーター・バラカン(ブロードキャスター)

    読売新聞東京本社 調査研究本部主任研究員 中村宏之

     イギリスのロックバンド、ザ・ビートルズが1966年に行った日本武道館での来日コンサート(読売新聞など主催)から今年で半世紀がたつ。世界の音楽と文化に大きな影響を与え、4人のメンバーのうち2人が亡くなった今も、世代を超えて支持され続けるグループの魅力とは何なのか。ロンドン生まれで幼い日から彼らの音楽に親しみ、来日以降、音楽ライター、そしてテレビキャスターやラジオDJとして、海外音楽シーンの魅力を多様な角度から発信しているピーター・バラカン氏に聴いた。

    普遍的な魅力が時代を超える

    • ピーター・バラカン氏(Peter Barakan)1951年ロンドン生まれ。73年、ロンドン大学日本語学科卒。74年来日し、日本の音楽出版社に入社。著作権関係の仕事に従事する。80年に退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。88年から2014年までTBSの番組「CBSドキュメント」、「CBS 60 ミニッツ」を担当。現在もNHK-FM のウィークエンド・サンシャインなどのDJ を務める
      ピーター・バラカン氏(Peter Barakan)1951年ロンドン生まれ。73年、ロンドン大学日本語学科卒。74年来日し、日本の音楽出版社に入社。著作権関係の仕事に従事する。80年に退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。88年から2014年までTBSの番組「CBSドキュメント」、「CBS 60 ミニッツ」を担当。現在もNHK-FM のウィークエンド・サンシャインなどのDJ を務める

     ―1966年ビートルズ来日公演から今年で50周年です。バラカンさんはイギリス人としてビートルズが現役で活躍する同時代でその曲を聴いてこられました。今もなお日本を含む世界で曲が売れていることをどう思われますか。

     確かに時代を超える普遍的な魅力が彼らの音楽にはあると思いますが、50年たってまだまだ多くの人たちに聴かれていることは、正直言って意外に思います。実際に、若い世代がビートルズをどこまで知っているかというと、実はそんなには知らない。最大級のヒット曲のうち10曲ぐらいは知っているかもしれませんが……。

     ビートルズといっても公式録音曲が全部で213曲あるわけですよ。僕らの世代、全部リアルタイムでレコードを聴いている人間で、それを全部知っている人はいると思うんです。ただ、僕より10歳年下の人が、アルバムを全部集めて、シングル盤に入っていた曲も全部集めて聴く人は、中にはもちろんいますけど、みんながそういう訳ではありません。

     とらえ方がどうしても変わってきて、超大ヒット曲が中心になります。日本だと割とバラードの曲の人気が高いですね。レット・イット・ビーだったり、イエスタデイだったり、ミッシェルだったり、あるいはヘイ・ジュードだったり。だから、ビートルズが今も支持を集めているというのは、確かにそうなんですが、50年の間に、そのニュアンスも少しずつ変わってきていると思います。

     ―1966年当時は、日本という国を良く知っておられましたか?

     全く知りませんでした。市川崑監督の「東京オリンピック」というドキュメンタリー映画(1965年)をイギリスで見たのを覚えていますが、日本のことはほとんど知らなかった。ビートルズが東京でコンサートやったことも多分、当時は知らなかったですし。むしろ66年には、サンフランシスコでの公演を最後にビートルズが演奏活動をやめたことが大きく報道されたのを覚えています。

     ―当時、日本ではエレキギターを演奏するのは不良だとか、ビートルズのコンサートに行くと高校を退学させられるとか、そういう社会風潮があった時代です。

     日本に来て、その話を実際にコンサートに行った人から聞かされて本当に驚きました。日本はそこまで保守的な国だとは思っていなかったです。

    子供にも分かった音楽性の高さ

     ―英国ではビートルズがデビュー直後からヒットを飛ばしていましたが、当時のイギリスの若者、まさにバラカンさん世代が受け止めたインパクトはどんなものだったのですか。

     ビートルズが1962年にデビューした時は11歳だったのですが、ものすごい衝撃でした。それまではいろんなポピュラー音楽をラジオやテレビで聴いていましたけれど、ほとんどがアメリカの音楽のまねごとでした。

     ビートルズももちろん、ロックンロールの影響やリズム・アンド・ブルーズ(R&B)の影響などいろんなものを受けているのですが、間違いなく独自の空気をもっていて、それを強く発していた。彼らの姿をテレビで見る前にまずラジオで聴いたのだと思いますが、すごく新鮮味があったのを覚えています。

     学校でもすごく話題になりました。まだ子供ですから、聴き方は当時のアイドルとしてです。でも、アイドルとはいえ、すごく音楽的に濃いものを感じましたね。

     ビートルズの後から似たような感じのグループも出てきましたけれど、みな同じような濃いものをもっていたかというと、決してそうでもない。中にはもちろんすばらしいグループもいましたけれど、「こんなのは子供だましだ」というものも11歳、12歳でもやっぱりわかりましたね。

     ―10代の頃ビートルズのクリスマスショーに行った時の思い出を書いたバラカンさんの文章を読んだことがあります。ビートルズを生で聴いたコンサートが、コンサートの初体験ということでしたが……。

     そうです。生まれて初めて行ったコンサートです。あの頃のコンサートはいわゆる「パッケージ・ショウ」といって、五つも六つもいろんな歌手やバンドが出てきて、だいたい司会者がいたり、コメディアンがいたり、それぞれの持ち時間は15分とか20分とかです。ビートルズもこのクリスマスショーに30分も出演していなかったと思います。当時は何曲やったとかそんなこと一切考えていないから。ずいぶん後になってネットで検索したら、セットリスト(演奏曲目)が出ていました。たしか8曲から9曲だか、そのくらいです。彼らの曲はだいたい長くて3分ですから、全体で30分もなかったと思います。

     ―初期のビートルズのライブを見たというだけで「歴史の証人」になりますね。

     まあ、あの時代のラッキーなことでした。ロンドンに住んでいて、ちょうどコンサートに行けるような場所と年齢だったから。といっても、まだ12歳。母と弟の3人でゆきました。コンサートのお金を当然、子供は持っていませんので、親に出してもらっています

     ―よくお母様がついてきてくれましたね。

     母は割と新しいものが好きな人で、ある日学校から帰ったら、母が買ったザ・ローリング・ストーンズのデビューアルバムが家の中で鳴り響いていたことがありました。

     ―ロックなどの音楽に寛容なご家庭だったのですか。

     寛容というより、好きだったのだと思いますよ。当時のイギリスでは社会現象ですから。親の世代でそういうのが好きな人いうのはあまり多くはなかったと思いますけれど。

     

    2016年05月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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