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    インタビュー

    6人組バンド「Suchmos」ボーカルのYONCEが語るバンドの原点(上)

    読売新聞文化部 鶴田裕介

     今、最も注目されている日本の6人組バンド、Suchmos(サチモス)を知っていますか。代表曲『STAY TUNE』はホンダ車のCMに採用され、最新アルバム『THE KIDS』は今年上半期のオリコンアルバムチャートで10位に入りました。20代の若者たちによる音楽にもかかわらず、ブラック・ミュージックやロック、ジャズなど、先人が作り上げた音楽を吸収し昇華させた楽曲が、若者のみならず、長年音楽に親しんできた中高年の心をもつかんでいます。読売新聞のインタビューに応じたボーカルのYONCE(ヨンス)が、バンドの原点や音楽の志向、そして、新曲への思いを語りました。ほぼ全文、1万字インタビューです。

    【バンドの原点】

    ――Suchmosは日本の音楽シーンに突然現れた印象があります。バンドの音楽性の成り立ちについてお尋ねしていきたいと思います。

    YONCE 僕が思うにですが、ここ近年のバンドシーン、ポップシーンの影響下になかったんですよね、僕たちは。もちろん存在は認知していたし、知っている曲もありますけれど。ここ10年くらいの。いわゆるメジャーなところで鳴っている音楽、聞こえる音楽、そういう音楽のルーツになったものを僕たちはどちらかというと好きだし、そのさらにルーツ、そのさらにルーツ、とたどっていく、ディグしていく(掘り起こしていく)行為が音楽に限らず、あらゆるものに関してすごく大事なことだと思うし、温故知新、ふるきをたずね新しきを知る、じゃないですが、これは本当に正しい言葉だな、とつくづく思わされます。

    ――音楽性の成り立ちはバンド結成前の「会合」にあると聞いたことがあります。

    YONCE はい。ドラムとDJの兄弟の実家に6人集まって、夜な夜なひたすらに、最近何聴いてんの? みたいなのを全員でやるというサイクルがあって。

    ――お気に入りのCDやレコードを持ち寄って?

    YONCE はい。それぞれ他のバンドをやっていたり、誰かのバックの仕事、セッションミュージシャンとして動いたり、なんなら音楽をやっていなかったり。それぞれのあり方で集まってたんですけれど。つるんでた、という。

    ――その時から今の6人が出入りしていた?

    YONCE そうですね

    ――3人(ギターのTAIKING、DJのKCEE、キーボードのTAIHEI)は2013年のバンド結成から2年後に加入したんですよね。その3人も結成前の会合に参加していたのですか。

    YONCE そうです。(彼らも)一緒に。

    ――どんな音楽を聴いていたのですか。

    YONCE ほんとに多岐にわたりますね。どんなの、と言われて挙げづらいくらいいっぱい聴いていたんですけど。具体的に初期のSuchmosの根幹になった、サウンド面で影響を与えてくれたのはやっぱりジャミロクワイは大きくて。彼らに関しては音源だけじゃなくて、いまYouTubeとかで過去のライブとかも参照できるので、彼らがデビューした1992年からのライブ映像をひたすらに見続けて。「3枚目のアルバムが出たくらいの時期のツアーが一番完成度たけえなあ」とか。「初期のこのアレンジも、カッケー(かっこいい)よな」とか、そういう部分にもすごく影響を受けていたので。たとえばライブのスタンスだったり、ライブで着ているステージの衣装だったり。ファッションの部分もすごく影響を受けたりして。

     ディアンジェロの『ブードゥー』は結構マスターピース(名作)と言ってもいいと思いますね。『ブードゥー』は、誰だろ、多分ベースのHSUか、ドラムスのOK、2人は元々聴いてて。俺はつるむようになってから教えてもらったという感じだったんですけれど。『ブードゥー』は、すごかったですね。いろんな時代の、いろんなブラックミュージックをドロドロに煮詰めたアルバムだという気がするんですよね。全部入っているというか。ジャズもファンクもR&Bも入っているし。

    ――『ブードゥー』と聞いて納得しました。音楽の設計図の書き方が、どこかSuchmosに似ている気がします。どういう聴き方をしたのですか。

    YONCE 最初はただひたすら、彼らの成し遂げた偉業をたたえる聴き方だったんですが、「90年代、こんな作品()るなんてありえねえ」って感じで。衝撃を受ける作品なんですけれど、途中からこう、「このベースの音の質感、多分小さいアンプを鳴らして録ってるな」とか、「太鼓、そうとうミュート入れているな」とか。そういう専門的な聴き方とかをしているうちに、「じゃあ実際俺たちがバンドでこれをやるにあたってはどういうふうにしたらいいか」とか、というような(聴き方をしました)。 これはもちろんディアンジェロに限らずいろんなアーティストでも同じことですけど、大好きなアーティスト、作品に関しては知りたいという気持ちが強いので。

    ――機械の仕組みに興味を持って一回バラバラにし、どうやったらできているんだろうと確認する、みたいな感じでしょうか?

    YONCE まさしくそんな感じだなと思いますね。分解していく。分解って、すごく難しく聞こえますけれど、感覚的なものが大きいので。多分、ほんとに彼らがやった通りのことをしているわけじゃないと思う。分解して、組み立て直して、本当にその通りに組み立てられるわけがないので。それは俺らなりの組み立て方。影響下にあるけれど、出来上がったものはまんまその通りではないという。俺はなんか、それが音楽を進化させてきたと思っていて。

     機械的な意味で知識を蓄えるというよりは、セオリー、マナーを覚えるというんですかね、音楽的な。これは別にアカデミックな意味でもなんでもなくて。勘というのか、自分たちの勘で、「この人たちは品性がある」「この人たちは品性がない」というのを嗅ぎ分けて、ピックアップして自分たちの音楽に変えていく作業だと俺は思っていて。

    ――料理人のようでもある。

    YONCE 所作を含めて格好いいモノってあると思うんですよ。なんか、それを例えば、そのあんばいを間違えると、ちょっと塩が多かったり、とても下品な食べ物になってしまったりとか。それは、おいしいけれど下品というのがあったり、まずいけど上品というのがあると思ってて。別に下品でもいいんですけど、うまいものがやっぱりよくて。コース料理でうんと高いものが食いたいんじゃないじゃないですか、いつも。どこかに品格があるもの。それは例えば思い切りパクっちゃう(盗んでしまう)のは愚の骨頂、下品の極みだと思って。それでうまいものをつくるのは誰だってできるし。

    ――Suchmosの音楽は、たとえば「ジャミロクワイの影響を感じる」と言われたりすることはありますが、フレーズそのものが似ているというものはないですね。

    YONCE はい。ジャミロクワイからの影響はとても大きいんですけれど、まるっきりジャミロクワイにするというのは、もっとうまくできる人はいると思うんで。ただ俺たちはジャミロクワイのスゲーなと思う部分をやりたい、という感じです。

    ――インタビュー前、影響を受けたミュージシャンをメンバーの皆さんにアンケート形式で答えていただきました。YONCEさんはニルヴァーナのライブ盤(『フロム・ザ・マディ・バンクス・オブ・ザ・ウィッシュカー』)を挙げておられました。

    YONCE カート・コバーンの死後、(残ったメンバー)2人がセレクトしたライブ盤。

    ――他にROSSOを選んでくるのは渋いと思いました

    YONCE (ROSSOの『ダイヤモンドダストが降った夜』は)高校時代に一番聴いていたアルバムなんですよね。ブランキー(BLANKY JET CITY)が解散して、ミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)も解散して。当時はこれをずっと聴いてて。

    ――こういうアルバムも、会合に持って行った?

    YONCE はい。

    ――ほかのメンバーの反応は?

    YONCE  ああああ、すげえええ、みたいな。おれ以外のメンバーが意外と元々ロックを聴かない連中だったので。どちらかというとブラックミュージックがすごく好きなみんなだったので。俺はむしろ彼らからブラックミュージックの手ほどきを受けて。特に僕、90年代とか80年代らへん以降のブラックミュージックは全然わかんなくて。ネオソウル的な。それ以前のルーツソウルとか、ブルースとかはもう、大好物でずっと高校生の時から聴いていたんですけれど、それが最強、みたいになっちゃってて。最近のを聴かず嫌いになっちゃっていたんですよね。

    ――そのへんをほかのメンバーから注入され、YONCEさんがロックの要素を彼らに注入する、という交換が日々なされたと。バンド結成前はどのくらいのペースで集まっていたのですか。

    YONCE そうですね、バンド結成前は週5、週6でやっていましたね。

    ――ほぼ毎日ですね。

    YONCE 6人全員がいるタイミングが週5、週6だったわけじゃないんですけれど。

    ――家に帰るよりも……。

    YONCE そうなんですよ。寝るためにメンバーの実家に行く、みたいに。しかも飯もお母さん作ってくれるし(笑)。ゴッドマザーですね。バンドの。

    ――OKさん、KCEEさん兄弟の実家からSuchmosができていったわけですね。

    YONCE いわば”アジト”ですね(注:アルバム『THE KIDS』の1曲目はA.G.I.T.)

    ――深夜に音楽を鳴らしたら怒られそうですが。

    YONCE 怒られることはありましたけれど……。いやでも、これ大事なの知ってるでしょ、みたいな感じで。今思うと迷惑かけたな、と思いますけれども。

    ――会合の名前は?

    YONCE 「サチモデイ」みたいな感じで呼んでいますね。

    ――今も続いているのですか。

    YONCE はい。場所を変えつつ。

    ――スタジオで過ごす時間とは違いますか?

    YONCE そうですね。別腹な感じというか、一番、こうラフな部分、一番ある意味、音楽聴いて過ごしているけれど、音楽とは関係のない時間というか、親交を深める時間だと思っている。仲間として。家族のだんらんですよね。

    【ボーカルスタイル】

    ――YONCEさんは影響を受けた作品にニルヴァーナ、クラッシュ、ROSSO、ビートルズとボブ・マーリーを挙げていました。レゲエのボブ・マーリー以外はロックで、Suchmosでの歌唱とは方向性が必ずしも同じではないような気がします。ボーカリストとしてのルーツは?

    YONCE やっぱりカート・コバーンとかチバユウスケさんみたいな、いわゆるシャウトの歌唱というのは大好きだし、高校時代からずっとやっていたバンドは結構ずっとそんな感じで歌っていました。

    ――全然イメージが湧きません。

    YONCE ライブが終わったら声がガラガラになる、みたいな歌い方をしていました。それが一定のラインまで来たな、というのが自分の中で当時あって。ハタチくらいの時。次はもっとこう、ソフト、本格派みたいな歌い方もしたいなあ、みたいなことを思った時にSuchmosをやろうという話が出てきて。

    ――今の歌い方は「Suchmos仕様」というわけではないんですね。

    YONCE 次の新たな自分の歌い方を、本格的にやっていたいというのがあって、挑んでみたというのがあるんですけれど。歌唱に関しては、いろんな人の影響を受けているなと思っていて。あんまり、誰とも言えないんですけれど。日本人だとMISIAさんとか、僕が物心ついたときは姉が大ファンで、ずっと家で流れていたりして、一緒に歌ったりして。MISIAさんの歌唱はグッとくるものがあるなあ、というのはずっとあって。風呂場で全力で歌う、みたいことをやっていたんで。あとは、誰だろうなあ。アダム・レヴィーンとか。リアルタイムで、中学くらいの時にずっと聴いていたのもあって。気付いたらそらで歌えるようになっていたりとか。

    ――色気のあるボーカルスタイルという言われ方をすることが多いと思いますが、ご自身ではどう考えていますか。

    YONCE んー、なんかあまり意識している部分はないというか。その時自分の中で旬な歌い方ってのがあって、その時できた曲の歌い方がそうなった、という感じ。当時マルーン5とかジャミロクワイのジェイ・ケイを好んで聴いていた時期だったので、そういう影響が、メロディーとか、リズムに出たりしたんだな、と思うんですよ。

     やっぱりニルヴァーナとか一番聴いていた高校生の時は「でかい声が勝ち」というか、バンドは楽器も歌も全部でかいヤツが勝ち、みたいな。あり得ないくらい短絡的な考え方でやっていた。Suchmosでも時折そういう瞬間がある。1回みんな爆音でやってみる。スポーツに近い快感が爆音の中に秘められていて。スカッとするぜー、って。ライブのアレンジ、こんくらいやっちゃってもいいよね、みたいな話。

    ――7月2日、日比谷野外音楽堂のライブを拝見しました。色気を感じるCDと違って、ライブでは爆発力を感じました。

    YONCE まず、演奏も歌唱も、一回レコーディングした時点で飽きちゃうんですよ。レコーディングする前におれたち新曲をバンバンライブでやっちゃうので。(7月5日発売の新曲)『WIPER』とかも4月のツアーの全公演でやっているんで。ツアーに来た人にとっては、もはや新曲ではない、という感じで、その合間にレコーディングとかしていたんで。録る頃には散々演奏し、人前でやったあとに録っているんで。録り終わったら今度ミックスの確認だの、何だので、100回くらい聴くんで。飽きちゃいます。間奏もっと意地悪な感じにしちゃおうぜとか、なっていくんですよね。ファーストアルバムの『THE BAY』の曲には原形を残していない曲もあったりする。そういうのは俺たちは自分たち自身も楽しいし、お客さんも新鮮。楽曲に秘められた他の要素を引き出すとこういうアレンジになるんだ、とか。そういう部分で楽しんでもらえるのかな、というのもあって。

    ――(CDなど)音源は聴かせる音楽、ライブでは爆発するといったように、使い分けているのですか。

    YONCE 使い分けるというか、ライブだと勝手にそうなるっぽい。それをさらに飛躍的に、パワーをアップさせるのがアレンジを加えるということだったり。だから、なんていうんですかね。(ライブは)リミックスに近い作業なのかなと思うんですよね。大胆すぎるくらいアレンジが変わっちゃってる曲があったりするんで。

    ――フレーズも歌い回しもけっこう違いますね。

    YONCE ほぼ、そのへんは、全部アドリブみたいな感じなので。僕がライブの間奏とかでいきなりスキャットしたフレーズを後からベースのHSUが追っかけてきたりするので。「こいつウマ!」みたいな。「うまいなー」って。ライブはそこが醍醐味(だいごみ)だし、そのスリルを味わっているというのがあるので。

    ――ほんとに演奏がうまいなこのバンド、というのがライブを見た率直な感想でした。年齢に対しうますぎる。HSUさんとか。中におじさんが入っているんじゃないかと思いました。陰で体育会練習みたいなのをやっているのでしょうか。

    YONCE そこはそれぞれ、Suchmosに至る道のりで武者修行期間みたいなのがあって。ベースのHSUは音大のジャズ科でジャズの研(さん)を積んで、いろんなジャズのセッション会とかでひたすら道場破りをしに行っていたヤツなので。修行期間がそれぞれ、そんな感じであって。僕は僕で、当時はロックバンドでひたすらライブをやっていた。

    ――技術的なものはSuchmos合流前から、いちミュージシャンとして積み重ねてきたものがあると。メンバー同士でも、こいつうまいな、と思いますか。

    YONCE そうですね。自分たち、本番中だとあんまり分からないんですよ。ライブに夢中になっちゃってて。後になって演奏している映像とかを見ると、「いやあ、うまくねえ?」みたいな。何で?って。うまくなっていっているなとも思いますね。個々のスキルというのは昔からあったんでしょうけれど、バンドマンになってきたというか。着々と、全員が。出自にバンドがないヤツらもいるので。メンバーの中に。過去にバンドをあまりガッツリやってた時期がない。ベースのHSUとか、ドラムのOK、ギターのTAIKINGは3人でバンドやってたりしたんですけれど。バンドマンとしての歴史は俺が一番長くて。キャリア10年。気付けば。なんで、何か、そういう部分でこの6人として、この6人でバンドマンになったというのは去年くらいからなのかな、と分かったんですよね。チーム力っていうんですかね。やっぱ最近、それが不動のものになってきたなあと思うので。

    (下へ続く)

    (聞き手:読売新聞文化部 鶴田裕介)

    2017年07月26日 16時04分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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