【ジブリの挑戦】人が紡ぐ、映画の続き
〈春の小川にはオタマジャクシのいる澄んだ水が流れ、田んぼには一面レンゲの花が咲く〉 東京・多摩地区で発行する地域紙「多摩ニュータウンタイムズ」社主の横倉舜三さん(81)が新聞に書いた映画批評には、幻影の風景に対する強い思いがあふれている。 記事は、こう続く。 〈タヌキたちが失ったものは風景だけではない。自分たちの暮らしそのものだった〉 1992年8月に高畑監督の訪問を受けた。多摩丘陵のタヌキを主人公にした映画を作りたい。ついては、地域の話を――。何を話したかは覚えていないが、後にスタジオジブリから送られてきた映画のビデオテープを見て、「タヌキが自分たちの姿に重なって見えた」と言う。 だが、横倉さんは、ニュータウン開発を最初に推し進めた“張本人”だった。 多摩地区の宅地開発が始まるのは昭和30年代。かつて養蚕で栄えた地域に次代の産業を育てようと、当時、多摩村村議だった横倉さんはゴルフ場誘致に乗り出す。だが、増加する首都圏人口の受け皿として進められた「日本最大のニュータウン開発」という大きな波に、あっという間にのみ込まれた。 「この開発は失敗だった。昔からの住民はそう思っているはず。もっと自然や農業を残すべきだった。開発の音頭を取った私も内心、じくじたる思いです」 この地域で先祖代々の土地を守る家に生まれた。子供のころ、タヌキやキツネ、ウサギの遊ぶ森を駆け、川でウナギを取った。 「古くからの住民は、今や圧倒的多数の新住民を前に押し黙り、静かに生活を守っている。まるで映画のタヌキですよ」
里山を守った人たちもいる。酪農を営む鈴木亨さん(50)は、「ここで牛を飼う必然性があるかと言われるが、この土地に生まれた者として、この地で農業をやることに意味があると思う」と話す。 鈴木さんの畜舎の周囲には田畑が広がり、山の緑が柔らかな日差しに輝いていた。チョウが乱れ飛び、映画に登場する丘陵の景色が広がる。「ただ開発に反対するだけではだめ。畑を残し、地域の人々に貸し出す。開放すれば、そこに仕事が生まれるはずだ」 宅地だけの住宅都市に、産業は生まれない。地域が自立し、環境を次世代に残す方策を鈴木さんは自問する。 「平成狸合戦ぽんぽこ」は開発と自然保護について、多くの人に問題を投げかけた。新住民として、この地に居を構えた富永一夫さん(52)もその一人だ。 「いい環境に越せたなあと喜んでいたが、映画を見て、自分たちがタヌキを追いやって生活しているという事実を突きつけられ、がく然としました」 ならば、せめて新旧住民、自然と人間がもう一度、仲良く暮らせる地域を、ここから作り始めてみよう。地域活動を始め、ついに会社も辞めてNPO「フュージョン長池」を設立。今では八王子市の「長池公園自然館」の運営も任されるまでに。「実は映画には続きがあった。それを僕らは、ここで実地にやっているつもりなんです」 近ごろ、「人間に化けたタヌキ」を自称し始めたNPO理事長は、地域紙社主、酪農業者とも連絡を取り合う。3人はそれぞれの立場で活動を続ける仲間となった。彼らを結びつけたのは、1本のアニメーション映画にほかならない。(原田康久) (2004年7月13日 読売新聞)
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