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【ジブリの挑戦】第3章「“ハウルの動く城”を追って」


原作となったジョーンズの「魔法使いハウルと火の悪魔」(徳間書店)
 ちょっとした、神様のいたずらだったのか。英国の児童文学作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(70)の身に相次いで起きた2つの出来事が、後に名作「魔法使いハウルと火の悪魔」を彼女に書かせるきっかけとなった。

 20年前。突然、強い牛乳アレルギーに襲われた。

 「それまで何ともなかったのに、ミルクをなめただけで、まるで魔法にでもかかったかのように体が衰え、つえがないと歩けなくなったの。髪の色が変わり、しわが一気に増え、いきなり老人になったように感じたわ」

 もう、お分かりだろう。この時の体験が、魔法で老女にされてしまう主人公ソフィーにつながる。ソフィーのモデルは筆者自身なのだ。

 そしてもう1つの出来事。当時、各地の学校を回って、子供たちと交流を続けていた。ある学校で1人の少年に「動く城の話を書いて」と言われた。何と素晴らしいアイデア! 魔法が登場するファンタジーを数多く手掛けてきた作家は、子供のたったひと言にもピンときた。

 「物語の出発点は、いつもささいなことです」

 ロンドンから電車で2時間弱。英国南西部、エイボン川の河口に位置する港湾都市ブリストルに住むジョーンズは、緑豊かな丘の中腹に建つ自宅の居間でくつろぎながら、そう話した。手には大好きなたばこ。主人のひざの上を愛猫が占領して、不敵なまなざしを記者に向ける。

 ――まさか魔女では?

 「いいえ。この子は私の知る限り、ずっと猫ですよ」

 息子3人が既に巣立った自宅には、午後の光が穏やかに差し込んでいた。年老いた夫婦の人2暮らしに、この家はいささか大き過ぎるように感じる。

 息子たちがいたころは、にぎやかだった。ある日、彼らがテーブルを挟んで大げんかを始めた。テーブルの上にあったラジオがはずみで床に転がり、見かねた夫が拾い上げて「何てことをするんだ」としかった。その時、たまたまスイッチの入ったラジオから「もう、たくさんだ!」と声が聞こえてきた。

 「あまりにピッタリのタイミングだったから、皆で大笑い。その逸話を基に、後に1つの物語が生まれたんです。あなたがここで何かしでかしてくれたら、きっと本が1冊書けるわね」

 幸運なのではない。ささいなヒントを見逃さず、壮大な物語に昇華させる想像力にこそ驚嘆すべきだ。

 自由であるはずの物語の世界にも、実は多くの偏見と制約がある。

 ギリシャ神話も英文学の古典も英雄は男ばかり。長女は意地悪で、末娘は器量よしと相場が決まっている。3人姉妹の長女のジョーンズは、心の中で異議を唱えつつも、当初はその偏見から自由ではいられなかった。

 「本を書き始めたころ、私も主人公を男の子にした。かつては女の主人公では読んでもらえなかった。それに、児童文学には決まりが多すぎた。子供が義父に殺意を抱く私の作品は、なかなか出版されなかった。児童文学にふさわしくないと……」

 だから、ソフィーが帽子店の長女として生まれたのには理由がある。「どうせ長女だから失敗するのよ」と愚痴る彼女は、苦難を乗り越え、やがて幸せをつかむ。

 「どんな星の下に生まれようと、自信を持って事に当たれば成功するわ。それを、私は物語を通して強く訴えたかったんです」

 オックスフォード大セントアンズ校で、「指輪物語」のJ・R・R・トールキンに師事。大学卒業と同時に結婚したが、3人の子供に読み聞かせをするうちに、自分でも物語を書くように。今では五人の孫に恵まれた。

 彼らが遊びに来ると、静かな住まいはにぎやかになる。孫たちは、居間のテレビでジブリ作品のビデオを見るのが大好きだ。やがて、自分が創造した世界を映像化した「ハウルの動く城」を、孫たちと見る日が訪れる。その日を楽しみにしている。

 宮崎駿監督の最新作「ハウルの動く城」の公開(11月20日)が迫ってきた。ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーを原作とするアニメーション大作は、いかにして生まれたのか。「“ハウルの動く城”を追う」旅が始まる。(原田康久)


 ◆「ハウル」原作者 ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんに聞く―前編


2004年10月5日  読売新聞)
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