宮崎駿監督、堀田善衞を語る 「乱世」に不動の指標 文化
宮崎監督が、堀田の芥川賞受賞作「広場の孤独」「漢奸(かんかん)」を読んだのは、20歳を過ぎたころだった。1960年の安保闘争が終結してまもなく、まさに時代の結節点に立たされた時、日本の敗戦や朝鮮戦争に直面した知識人の苦悩を描いた二つの小説に触れた。「僕自身かろうじて敗戦を体験し、『日本は何とおろかなことをしたのか』と屈辱を感じていた時に、『広場の孤独』からは『この日本にとどまって生きなければならない』というメッセージを受け取った。『正しいと思うことをやっているからいいんだ』ということではない。自分は何に突き動かされているのか、突き動かしているものは本当にいいものなのか。そういうことを考えていかなければならないと痛感したのが、『漢奸』だった」 63年、学習院大学を卒業し、東映動画に入社してからも、アニメーション制作にあたっての“つっかえ棒”として記憶にとどめられたという。 二人が最初に出会ったのは86年ごろ。以来、98年堀田が亡くなるまで、二人の交流は続き、宮崎監督は、堀田没後の2004年、「路上の人」「聖者の行進」など3冊の堀田作品の復刊に尽力し、「堀田さんは海原に屹立(きつりつ)している巌(いわお)のような方だった。潮に流されて自分の位置が判らなくなった時、ぼくは何度も堀田さんにたすけられた」と推薦文を寄せている。 その宮崎監督が、今最も読んでもらいたいと思っているのが、講演で取り上げた「方丈記私記」だ。 この作品で堀田は、太平洋戦争末期、東京大空襲のただ中で、鴨長明の随筆「方丈記」を読み込んだ体験をもとに、大火、地震、飢饉(ききん)が続いた平安末期の乱世が昭和の乱世に通じることを伝えている。「扉を開けたら外は平安時代の京の都で、ごうごうと大火が燃えている上をB29の大群が飛んでいる。時空を突き抜け、二つの時代がつながっていることが分かるような力のある文体で、リアリティーがあった」 宮崎監督は、二つの時代の“乱世”に、混迷を極める現代を重ねて見る。「今も、株が乱高下して大騒ぎしている。働かないで株で金もうけしようとして、損しただけの話ですが、これから大混乱の時代が始まると思う。『方丈記私記』を読んで、強靱(きょうじん)な精神に出会うと、ものを考えたり、ものを読んでいくうえでの手がかりになるはずだ」
「宮崎監督にとって仕事とは何か」との質問には、堀田に教えられたという旧約聖書の中の「伝道の書」の「凡(すべ)て汝(なんじ)の手に堪(たふ)ることは力をつくしてこれを為(な)せ」を引き合いに出し、「これをやったら世の中のためになるとか、意義があると決まっている仕事はない。どんな仕事でも力を尽くせば、やってよかったと思う瞬間がある」と答えた。 さらに、「個性偏重の時代」にも「個性とか生きがいのために生きていくと、足をすくわれる」と警鐘を鳴らした。 「かつては歴史の歯車になるなと思ったけれど、今は役に立つ歯車になれといいたい。基礎をしっかりとし、世間に後ろ指をさされないように生きていれば、おのずと個性も出てくるはず。個性のない人間なんていないから、個性を探さないでよろしい」
(2008年10月28日 読売新聞)
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