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宮崎駿監督、堀田善衞を語る 「乱世」に不動の指標 文化


堀田善衞の文学について講演する宮崎監督(今月11日、県立神奈川近代文学館で)
 今年没後10年となる作家、堀田善衞をアニメーション監督、宮崎駿(67)は「最も影響を受けた人」という。2人に共通するのは、転換期を迎えた時代の本質を見定めようとする視点だ。“乱世”をどう生きるか――。このほど県立神奈川近代文学館で開かれた宮崎監督の講演と会見内容を伝える。(近藤孝)

 宮崎監督が、堀田の芥川賞受賞作「広場の孤独」「漢奸(かんかん)」を読んだのは、20歳を過ぎたころだった。1960年の安保闘争が終結してまもなく、まさに時代の結節点に立たされた時、日本の敗戦や朝鮮戦争に直面した知識人の苦悩を描いた二つの小説に触れた。「僕自身かろうじて敗戦を体験し、『日本は何とおろかなことをしたのか』と屈辱を感じていた時に、『広場の孤独』からは『この日本にとどまって生きなければならない』というメッセージを受け取った。『正しいと思うことをやっているからいいんだ』ということではない。自分は何に突き動かされているのか、突き動かしているものは本当にいいものなのか。そういうことを考えていかなければならないと痛感したのが、『漢奸』だった」

 63年、学習院大学を卒業し、東映動画に入社してからも、アニメーション制作にあたっての“つっかえ棒”として記憶にとどめられたという。

 二人が最初に出会ったのは86年ごろ。以来、98年堀田が亡くなるまで、二人の交流は続き、宮崎監督は、堀田没後の2004年、「路上の人」「聖者の行進」など3冊の堀田作品の復刊に尽力し、「堀田さんは海原に屹立(きつりつ)している巌(いわお)のような方だった。潮に流されて自分の位置が判らなくなった時、ぼくは何度も堀田さんにたすけられた」と推薦文を寄せている。

 その宮崎監督が、今最も読んでもらいたいと思っているのが、講演で取り上げた「方丈記私記」だ。

 この作品で堀田は、太平洋戦争末期、東京大空襲のただ中で、鴨長明の随筆「方丈記」を読み込んだ体験をもとに、大火、地震、飢饉(ききん)が続いた平安末期の乱世が昭和の乱世に通じることを伝えている。「扉を開けたら外は平安時代の京の都で、ごうごうと大火が燃えている上をB29の大群が飛んでいる。時空を突き抜け、二つの時代がつながっていることが分かるような力のある文体で、リアリティーがあった」

 宮崎監督は、二つの時代の“乱世”に、混迷を極める現代を重ねて見る。「今も、株が乱高下して大騒ぎしている。働かないで株で金もうけしようとして、損しただけの話ですが、これから大混乱の時代が始まると思う。『方丈記私記』を読んで、強靱(きょうじん)な精神に出会うと、ものを考えたり、ものを読んでいくうえでの手がかりになるはずだ」


「方丈記私記」のアニメーション映画化を想定したイメージボード(武重洋二作)
 そんな時代をどう生きていくのか。聴衆からは「宮崎監督にとって、堀田さんは定点のような人でしたが、今は情報が氾濫(はんらん)していて定点が見えないが、どうしたらよいのか」との質問が出た。これに対して、宮崎監督は「僕はファクスで終わった人間で、ビデオもベータでおしまいで、DVDも見ていない。情報があふれているからといって、きょろきょろする必要はない。自分に必要なものは自分で選べばいい」と強調した。そして、「自分の家のまわりを歩けば、大抵の面白いものはある」と語るのも、“乱世”の現場を歩き、冷酷な視線で観察した長明と、空襲下の東京や日本占領下の上海の混沌(こんとん)に身をおいた堀田の影響だろう。

 「宮崎監督にとって仕事とは何か」との質問には、堀田に教えられたという旧約聖書の中の「伝道の書」の「凡(すべ)て汝(なんじ)の手に堪(たふ)ることは力をつくしてこれを為(な)せ」を引き合いに出し、「これをやったら世の中のためになるとか、意義があると決まっている仕事はない。どんな仕事でも力を尽くせば、やってよかったと思う瞬間がある」と答えた。

 さらに、「個性偏重の時代」にも「個性とか生きがいのために生きていくと、足をすくわれる」と警鐘を鳴らした。

 「かつては歴史の歯車になるなと思ったけれど、今は役に立つ歯車になれといいたい。基礎をしっかりとし、世間に後ろ指をさされないように生きていれば、おのずと個性も出てくるはず。個性のない人間なんていないから、個性を探さないでよろしい」


スタジオジブリが描く乱世。堀田善衞展
 堀田善衞関連の資料約1万3000点を所蔵する県立神奈川近代文学館と、堀田と交流のあったスタジオジブリなどの共催による初の試み。「堀田作品のアニメーション映画化を試みたら」という設定で、スタジオジブリの宮崎吾朗氏らが「方丈記私記」「定家明月記私抄」などを原作に作製したイメージボードを展示。1945、46年に日本占領下の上海でつづった未公開の日記、肉筆原稿、書簡を通して、堀田文学の背景を紹介する。堀田の原作による映画「モスラ」の上映(11月8日)、堀田の長女、百合子さんをゲストに迎えた記念講座(同16日)などの関連行事を予定。11月24日まで。問い合わせは神奈川文学振興会(045−622−6666)へ。


2008年10月28日  読売新聞)
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