ベネチアを振り返って【下】宮崎駿監督が「ハウル」を語った
「監督業は人前に裸で立つようなきつい仕事。その上、賞を逃して隣の受賞者を祝福するなんてキザなことは僕にはできない」と、これまで晴れの席には出なかった宮崎監督。だが、今回はベネチア入りした。 これには欧州のファンも大喜び。映画祭会場の赤じゅうたん沿道には、ジブリのDVDや本を手にしたファンが殺到し、監督も時間をかけてサインの求めに応じた。授賞式では、司会者が制するまで拍手が鳴りやまず、『風の谷のナウシカ』などの上映会も拍手と歓声で興奮状態。受賞会見では、殺気立つジャーナリストの質問に丁寧に答えた。 そんな中、我々日本人記者団に対して、予定時間を大幅に超える80分間もインタビューに応じた。 ――『ハウルの動く城』について。 のろいが解け、おばあちゃんが若い娘に戻って幸せになりました、という映画だけは作ってはいけないと思った。だったら、年寄りは皆、不幸ということになる。難しいテーマだから、悪役をやっつけて終わり、主人公がニッコリして終わり、では済まなくなった。深いところにテーマを探るうちに通常の娯楽映画の枠組みに構っていられなくなり、結果、非常にややこしい作品になった。 ――アニメーション制作現場の状況は。 ますますひどくなっている。高齢化が進み、冗談抜きに老眼対策をどうするか考えないと。 ――2Dアニメーションの魅力は。 鉛筆で書いた素朴なものでも面白いものはできる。このご時世、とことん鉛筆にこだわるのもいいかも。げたの店がどんどんつぶれ、最後に残った店が生き残る。ジブリもそうやって残れるかもしれない。 ――コンピューターについて。 実は僕らも、ピクサー(『トイ・ストーリー』などで知られる米国のアニメ制作会社)並みにコンピューターを使い、絵を処理している。でも、ジブリのCGスタッフはアナログの良さをきちんと理解している。コンピューターを使えば、描いた絵の色を全部変えられる。編集も簡単。容易に他人の仕事に介入できる。合理化に見えるが、やってはいけないこと。作品が甘くなり、他人を傷つける。 ――3D(立体)CG全盛の米国について。 技術革新のせいじゃなく資本の論理。米国の優れた監督、アニメーターが資本の都合ではない映画を作れば、相当面白いものができるはず。僕らも今、ジブリ美術館用に3本の短編を作っているが、お金にはならない。でも、面白くなる。 ――かつての引退宣言については。 『もののけ姫』の時が辞め時だった。絶対に客が入らない、ジブリはつぶれるかもという覚悟で、思い切りやった。そうしたら当たった。監督というのは煩悩が増す仕事で(辞められない)。何年やっても、立派な人間になれない。 ――今、目指す映画は。 子供の魂に触れる作品。先の見えない大変な時代に生まれた子供たちに、それでもやっぱり、よくぞ生まれてきてくれた、おめでとうと言いたい。生まれてきて良かったんだと思える映画を作りたいんです。(原田康久) (2005年9月27日 読売新聞)
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