「事業体」としてのNGO活動 「ピース ウィンズ・ジャパン」大西健丞さんに聞く大西 健丞(おおにし けんすけ)さん
――なぜ、「熱風」で連載することになったのですか。 大西 僕が取り組んでいる広島県・鞆の浦での「坂本竜馬ゆかりの家」保存修復活動に、鈴木敏夫プロデューサーや宮崎駿監督が興味を持って下さり、知り合ったのがきっかけです。福山市鞆町に、坂本竜馬と紀州藩の船が衝突した「いろは丸事件」(1867年)後に談判を行った「旧魚屋萬蔵宅」という建物があるのですが、文化的にも歴史的にも貴重であるにも関わらず、空家として放置されていた。それを船宿として再生し、地域活性化に役立てたいと「鞆まちづくり工房」というNPOと一緒に準備を進めていたら、ジブリに応援していただけることになったんです。鈴木プロデューサーと話しているうちに、「これまでの歩みをまとめてみたら?」と提案され、いい機会かもしれないと連載を始めました。 ――NGO活動に興味を持ったきっかけは。 大西 イギリスのブラッドフォード大学大学院で、イラク北部のクルド人居住区に対する「人道介入」をテーマに修士論文を書いていた時、著名な論文を書いた人たちの多くが、実際は現地に赴いていないことが分かった。そういう僕も現地を知らず、想像力もないままに書いていて、「これでいいんだろうか」という思いが強くなっていた。それで、知力が足りないのなら体力で取りかえすしかないと(1993年に)トルコからイラク北部のクルディスタンに入ったんです。トルコでは何度も「行ったら殺されるぞ」と言われましたが、「行かないと分からない」という気持ちで乗り込みました。 ――実際に行って感じたことは。 大西 難民キャンプなどを訪れて、欧米のNGO活動の質と量に驚いた。それまで「スモール・イズ・ビューティフル(小さいことが美しい)」がセオリーだと思っていたのが、「ノット・オールウェイズ(常にそうではない)」だと分かった。小さいことだけにしがみついては、圧倒的な数の難民や悲惨な状況に対して、対応しきれない。現地で評価されるためには、必要に応じて量とスピードが必要なんです。同じお金を持っていても、速さが倍だと、内容も倍に見える。 ――NGOに対する価値観が変わった。 大西 スピード感と規模を維持し、「事業体」として動いていることに心を動かされ、大学院を出る時、進路希望を聞かれ、「NGOワーカー」と答えました。そうしたら、イギリスでそういうことを言う日本人は滅多にいないと驚かれた。ただ、実際にはどうすればいいか分からず、悩んだまま帰国したら、日本のNGO「アジア人権基金」がイラクに派遣予定だった人が急きょ行けなくなったと聞き、「経験はありませんが、挑戦させて下さい」と手を挙げたんです。それで94年からクルド人自治区に関わるようになったのですが、しばらくしたら「アジア人権基金」が資金難で撤退することになり、ここで支援をやめるわけにはいかないと、96年にPWJを立ち上げました。 ――ほかの進路は考えなかった? 大西 新聞記者だった父が病に倒れ、植物状態になりながら言った言葉が「俺、会社にいかなあかん」でした。僕はこの言葉が忘れられない。病気で退職した後だったのに、頭の中には会社のことがこびりついていた。それを見て「なんか違う」と感じ、そこまでして会社には行きたくないと、サラリーマンになることをやめました。
――海外に飛び出したのは、日本社会に対する不満の表れでもあった? 大西 それはもっと単純な理由です。僕が進路を決めようとしていた頃は円高だったので、国内で何か始めるより、海外に飛び出す方が早かった。その際に選ぶ方向が、IT関係のベンチャーか、NGO的活動かという違いでしかなかった。ITがお金を生む分野になるという気はしていましたが、当時はまだインターネットが始まったばかりで、友人が部屋の隅っこ同士でメールを交わしながら笑っている姿に「アホちゃうか」としか思わなかった。むしろ、イラクで欧米のNGO活動を見たことで、NGOも公益を民間が担う「シビック・ベンチャー」として、事業体になりえると思ったんです。始めた当初は、散々「お母ちゃんが泣いてんで」と言われましたが(笑)。 ――周囲の理解を得るのは難しい。 大西 最近は、NPOやNGOで活動する人も増えて「当たり前」になりつつありますが、ある年齢を境に、見る目が変わります。特に55歳以上の方から理解されないことが多い。なぜなんでしょう(笑)。 ――政治家も? 大西 タカ派色が強い政権は、NGOと相性が良くないと思われがちですが、小泉政権に関して言えば、「ポスト小泉」とされる人たちも含め、よく理解してもらっていると思う。でも、やっぱり55歳以上の議員は冷たい(笑)。 ――若気の至りだとでも思われているのでしょうか。 大西 ホリエモン騒動じゃないけど、僕も含め、若い人が前に出ると「出る杭は打たれる」部分はある。堀江(貴文)氏の逮捕で感じたのは、事件はともかく、若い人が委縮してしまうのではないかということ。良くも悪くも彼に関心を持った若者が、「やっぱり日本ではダメなんだ」と思っていないか心配です。 ――NPOやNGOで活動したいと思う若い人は、国内よりも海外に目が向くことが多い印象を受けますが、誤解でしょうか。 大西 それはむしろマスコミのとらえ方の問題ではないでしょうか。決して国内を軽視しているわけではありません。ただ、国内での活動が大きな課題であることは事実。PWJとしても現在、東海地震など国内の災害に備えた対応を練っています。 ――新しく何かを始めようとしている若者へのアドバイスを。 大西 大変な時に決して慌てないこと。特に中心にいる人はそれを強く自覚する必要がある。銃を突き付けられ、何度も命の危険を感じてきた僕が言うから、間違いない。ピンチの時に堂々とできれば、強くなるし、周りが見えてきますよ。
(2006年3月7日 読売新聞)
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