響き始めた「ゲド戦記」の調べ 寺嶋民哉さんに聞く寺嶋 民哉 (てらしま たみや)さん
監督が選んだのは、映画「半落ち」などで知られる作曲家・寺嶋民哉。「始まったばかりの2人」にこれからのことを聞く野暮を承知で、音楽制作が佳境を迎えた寺嶋を訪ねた。(依田謙一) ――「ゲド戦記」の音楽を担当することになった経緯は。 寺嶋 昨年秋、アマチュア時代に知り合ったレコード会社のディレクターから久しぶりに電話があったんです。「まだ音楽やってる?」って(笑)。「やってますよ」と答えたら、これまでの作品を集めたデモテープを用意してほしいと言われました。それがジブリさんに届いたのがきっかけです。 ――それまでのジブリ作品なら、イメージアルバムができていてもおかしくない時期ですね。 寺嶋 ほかにも候補の作曲家はいたようですが、ぴんとくるものがなく、決まっていなかったようです。それで、まだやるかやらないか分からない段階で、とりあえず監督と会うことになったんですが、会ったその日に「じゃあお願いします」と言われまして。こちらは顔見せぐらいのつもりだったので、驚きました。 ――監督が興味を持ったポイントは。 寺嶋 いろんなジャンルを幅広く手がけていたことと、内向的でないのがいいということでした。実は内向的な曲ってあまり書けないんです。アーティストっぽくないけど、自分のために曲を作ることがない。 ――根っからのサウンドトラックメーカーであると。 寺嶋 その表現が適切かともかく、制約を楽しめるのは確かです。自分の世界より、作品の世界を盛り上げる役割の方が性に合う。ただ、吾朗監督の場合、音楽的な趣味が合ったのが一番大きなポイントだったかもしれない。特定のジャンルということじゃなくて、音楽に対する感覚が似ていると思えた。もちろん「ここは違うんじゃないか」ということはありましたけど、小さなことばかり。特に後半は、一か所も修正がなかった。前半の作業でお互いの癖も見抜いて、信頼関係が築けたんだと思います。 ――監督は、映画はおろかアニメーションの制作経験もなかったわけですが。 寺嶋 初めてという感じはしなかった。作画の現場は分かりませんが、少なくとも自分が関わっている範囲では、とてもスムーズでした。特に感覚が鋭い。決して音楽に詳しいわけではないと思いますが、こちらが迷っている部分があると、必ず指摘される。和音の響き方ひとつでも、僕が「うーん、どうなんだろう」と思っていると、監督も気になっていたということが何度かありました。 最初は正直、初監督だと聞いて、心配もありました。力みすぎて意固地になったり、虚勢を張られたりしたらどうしようと。でも、全くそんなことなく、素直に思ったことしか言わない人でした。途中で「本当に初監督なんだろうか」と疑惑の目を向けたくらいです(笑)。 ――原作に対する印象は。 寺嶋 熱心に読み込んだわけではありませんが、第一印象は「茶色」。ほこりっぽいというか。「スターウォーズ」シリーズに登場する惑星タトゥイーンのような、いかがわしい町がある砂漠のイメージでした。 ――寺嶋さんが苦手な「内向的描写」が数多く登場しますが。
寺嶋 そこはきちんと音楽で表現しなければならないと思いましたが、外に向かうというか、突き抜けた表現も必要だということも強く感じた。そういう影と光の部分を対比させたいと思いました。 ――「ゲド」の音楽が見えたきっかけは。 寺嶋 東欧や中東の音楽に通じる地を這うような空気を漂わせたいと考えていましたが、アルメニアのデュデュクという笛の音に出合ったときに「これだ」と思いました。実は「ミスト」というゲームの中で聞いた記憶があるだけで、名前も分からなかったんですが、あちこちの民族楽器を調べてやっと判明しました。 ――サウンドトラックCDを聴くと、オーケストレーションがいい意味で「雑多」な印象を受けました。 寺嶋 意図的にそうしました。というのも、あえて構造的にしないことが重要だと思ったんです。和声の内声部もあまり動かさず、細かく構築しないよう心がけました。吾朗監督も「雑にやってほしい」ということを言っていましたね。思い入れを持たないでくれということではなく、荒削りな部分を残すことが、「ゲド」の世界に必要だということだったと理解しています。 ――寺嶋さんといえば、オーケストラの音をシンセサイザーでシミュレーションする技術に定評がありますが、今回の編成は。 寺嶋 あくまで作品から入ってほしいので、今は秘密にしておきたい。ただ、シミュレーションすること自体が目的だったんじゃなくて、アマチュア時代が長くて、単にお金がなかったから得意になっただけ(笑)。負けず嫌いなので、どうしたら生オーケストラのようなスケール感を電子楽器で再現できるだろうと必死だったんです。 ――ジブリと一緒に仕事して感じたことは。 寺嶋 ほかの作品に比べたら、時間的にずいぶんゆったりできたのはありがたかった。あとは、現場が明るい。もちろん大きな作品ですが、どこか部活っぽいというか、手作りでやっている感覚があります。 ――気の早い話ですが、吾朗監督が次回作をやることがあったら、また組みたいですか。 寺嶋 片思いかもしれませんが、やりたいですね。まだ一緒に酒も飲んだこともない仲ですけど(笑)。僕は音楽家と監督は親友関係だと思っていますが、直感的にそう感じることができる監督というのは、数えるほどしかいない。彼は数少ない一人ですね。
(2006年6月20日 読売新聞)
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