連載「雪の女王」インタビュー 谷山浩子さんと手嶌葵さんに聞く谷山 浩子(たにやま ひろこ)さん
手嶌 葵(てしま あおい)さん
――谷山さんは原作が大好きだったそうですね。 谷山 字を読めるようになって、最初に読んだのが「雪の女王」でした。物語の冒頭、屋根の庭でカイとゲルダが遊んでいる場面から引き込まれ、いっぱい想像をしながら読んだのを覚えています。いろんな解釈ができる作品だと思いますが、解釈に夢中になりすぎると、迷路に迷い込んでしまう。まるで、氷のかけらでパズルを組み立てようとしても出来上がらないカイのように。だから「雪の女王」の一番の魅力は、言葉にできない部分に詰まっていると思っています。 手嶌 私は原作を読んだことがありませんでした。小さい頃、家に絵本があったのですが、女王の絵が怖くて、開けなかった(笑)。最新アルバム「春の歌集」で、谷山さんが「雪の女王」をモチーフに作ったアルバム「カイの迷宮」に収録されている「岸を離れる日」をカバーさせてもらっていますが、映画を見て「ゲルダがカイを助けたいとの願いをこめて川に赤い靴を流す」というエピソードがそのまま表現されていて、「一緒だ」って嬉しくなりました。 谷山 「カイの迷宮」は、「幻想図書館」という芝居仕立てのコンサートをやるために作ったのですが、その第1回が「雪の女王」だったんです。題材を何にしようか悩んでいた時、北陸地方で乗っていた電車で夕暮れ時の窓を見ていたら、不意に「『雪の女王』だ!」って思い立ちました(笑)。カイに呼ばれたというか、やっぱりこの作品が一番好きかも知れないと思ったのでしょうね。 ――主人公ゲルダではなく、カイに注目したのは? 谷山 カイは物語の前半でいなくなってしまいますが、悪魔の作った鏡のかけらが突き刺さったことによってはまっていく世界は、私たちそのものだと思ったんです。彼はパズルでいろんな言葉を作れるのに、「永遠」という言葉だけは作れないという描写にドキッとした。人間は知恵をつけて、文明を進化させながら、いつかすべてのことが分かると信じているかもしれないけど、決して手に入れられないものがあるということなんですよね。 ――その点、ゲルダはカイとは対象的な存在として描かれている。 手嶌 彼女を見ていると、思わず走り出したくなる衝動に駆られます(笑)。まっすぐでひたむきな子ですよね。それが中途半端じゃないから、自然も含めて、いろんなものが力を貸してくれるのかなって思いながら見ていました。 谷山 ゲルダに与えられているのは、溶かす役割。皆がゲルダに優しくするのは、彼女に溶かされるから。そういう隠喩を強烈に描けるのが、ファンタジーの強さだと思います。川に靴を流す場面がまさにそうですよね。あの場面を基点に、ゲルダに力が集まってきますが、赤い靴というのは、彼女にとってすごく大切なもの。それを差し出すことの意味を周りが感じたということなんです。でも、優しくされてばかりだと危険なこともある。象徴的なのが、ゲルダが花園に辿り着く場面。とても居心地のいい場所で、再び荒涼とした風の中に出て行くには、強い意志が必要です。きっと、人間の心には、カイもゲルダも両方住んでいるのではないでしょうか。あの子達は、2人で1人だというとらえ方もできるかもしれませんね。 ――ゲルダは宮崎監督が描き続けているヒロイン像の原点だと言われています。 谷山 宮崎監督が描いているヒロインって、人間のドロドロした部分を蹴っ飛ばして、「こうありたい」というところに焦点を絞っているところが大好きです。そういう点では、まさにこの作品は原点ですよね。特にナウシカからその影響を感じます。今の時代に、私たちが持たなければならない志を示してくれるヒロイン。でも、それに対して「今時こんな人いないだろう!」と指摘するのは意味がないこと。私ね、常々「現実は甘くない」とか「頑張っても駄目なことの方が多いんだよ」なんて、言う必要がないと思っているんですよ。だから、人間を多面的に描くことよりも、「こうなりたい」という希望をまっすぐに伝えている宮崎監督に共感できるんです。 手嶌 宮崎監督が描くヒロインには、「こんな人に話を聞いてもらえたら」って思える優しさが常にありますよね。羨ましいし、私もそういう人になりたいって思います。
(2007年12月4日 読売新聞)
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