連載「雪の女王」インタビュー 秀島史香さんに聞く秀島 史香(ひでしま ふみか)さん
――映画の感想は。 秀島 ロシアのアニメーションには、これまであまり馴染みがなかったのですが、絵の美しさにいっぺんに引き込まれました。すごく「強い作品」ですね。特にゲルダの意思。カイと遊んでいるうちは可愛らしいだけだったのが、彼がさらわれてしまうと、すぐに助けに向かおうとする姿が印象的でした。しかもその意志は、シーンを追うごとにより強くなっていく。人生が谷になった時に深まる感情が、うまく表現されていますよね。 ――ゲルダはいろんな人に迷惑をかけながら突き進むので、共感できないという意見もあるようです。 秀島 そういう意見も理解できますが、ちょっと寂しい気持ちになります。確かに世の中は厳しいけど、そんなふうに考えてしまったら、何も始められないのではないでしょうか。人生は、思うほど甘くないけど、思うほど辛くもない。夢を見る余地もないと、誰かを助けにも行くこともできないはずです。大人になって、余計にそう感じるようになりました。 ――印象的だった場面は。 秀島 雪の女王の宮殿で暮らすようになったカイが、氷の結晶を掲げて「何という正確さ! 間違った線は一つもない」と賞賛するシーンを見て、正確なものを求めすぎるということは、心が凍ってしまうことでもあるんだと、身につまされました。ラジオ番組でも「間違ってはいけない」ということに執着してしまうことがありますが、それは必ずしも「伝わる」こととイコールではない。間違えても問題ないということではありませんが、正確なものだけを美しいと信じてやっている方が、実は簡単で危険です。むしろ、人間がやる魅力というのは、もっと曖昧なところにあるんだということを忘れたくない。音楽もそうですよね。かすれた声や不協和音の方が、正しい音程よりも伝わることがありますから。 ――「GROOVE LINE」も、決めごとが少なそうな雰囲気がいい味を出していますよね。 秀島 本番が3時間半もあるのに、台本もなくて進行表が4ページあるだけなんですよ(笑)。決められたこと以外の「素の部分」がいかに大切かを日々痛感しています。毎日、ふたを開けてみるまで分からないという一方で、一瞬ごとに消えていってしまうのが生放送の怖さと楽しさです。今日、ジブリ美術館に来てみて、館内の構造がまるでおもちゃ箱のようだったり、どこに目線をやっていいか分からないという点で、ここも正確であることを目指していないから面白いんだって嬉しくなりました。 ――企画展示「『雪の女王』とその時代」は、宮崎吾朗さんが監修とデザインを手がけています。 秀島 映画が作られた今から50年前のロシア(ソ連)の状況について、新聞記事を使って解説するという方法が面白かった。歴史背景を知ることで、スターリンによる支配の時代が終わって、当時の人々が感じていた抑圧から解放されるかもしれない希望とか、全体主義的なものへの風刺といったことも、作品に込められているのではというという気がしました。ふと思い出したのが、高校生のときに読んだジョージ・オーウェルの「動物農場(Animal Farm)」。動物たちが起こす革命によってスターリンを批判していますが、それに通じるものを感じます。 ――ゲルダは、宮崎監督が描き続けているヒロイン像の原点だと言われています。 秀島 宮崎作品のヒロインは、どれも「女は度胸」なのが素敵です。例えば「天空の城ラピュタ」のシータ。追い詰められても毅然としていながら、女の子らしい可愛らしさを忘れない。ゲルダも同じですよね。カイを背にしながら「私が守る!」と雪の女王と相対する姿は、パズーの前に立ち、ムスカと向き合うシータそのものです。私はとにかく気が小さいので、ああいうふうに土壇場で開き直れる強さに憧れます。今日も本番、頑張らないと(笑)。 ※12月25日に秀島さんをゲストに招いての「雪の女王」トークイベントが決定! 詳しくはこちら。
(2007年12月18日 読売新聞)
|
|
| ▲この画面の上へ |
|
会社案内|
サイトポリシー|
個人情報|
著作権|
リンクポリシー|
お問い合わせ| YOMIURI ONLINE広告ガイド| 新聞広告ガイド| 気流・時事川柳(東京本社版)への投稿| 見出し、記事、写真の無断転載を禁じます Copyright © The Yomiuri Shimbun. |