「スカイ・クロラ」を「崖の上のポニョ」と同時期に公開 押井守監督に聞く
――手応えは。 押井 映画は作っているうちにゴールが変わってしまうということがよくあるけど、今回は一つのテーマというか「問い」で最後まで走りきった作品になった。ゴールに着いてから「最初からこういう映画が作りたかった」という監督もいるけど、あれは大抵、ウソ(笑)。でも、それは悪いことじゃない。作っていくうちに見えてくるものもあるわけだから。「イノセンス」(2004年)もそういう作品だったしね。それが「スカイ・クロラ」は見事なまでに一つのテーマで貫くことができた。 ――そのテーマとは。 押井 この毎日は生きるに値するか。その実感をつかむにはどうしたらいいか。生きることの値打ちを問うことが、今回の映画作りそのものだった。実生活においてもはつらつとしようと心がけたし、魅力的な人間であろうと努力した。空手の稽古にも毎週通って身体も鍛えた。自分自身が失いかけていたものを取り戻すために、明日、新しいことをやろうという考えは排除して、できる限り「今日」やる情熱を持とうとしたんだ。 ――「スカイ・クロラ」は、押井さんには珍しいストレートな恋愛映画だそうですね。 押井 確かに直球だね。でも、今までだって恋愛映画は作ってきたつもり。そう思われていないようだけど(笑)。ただ、恋愛映画というのは、それ自体ではなんの値打ちもない。そこに社会性が入らないと、単なる「暇つぶし」でしかないんだ。 ――公開される時代を見越して作品を作るということですか。 押井 社会性と時代性は違う。そもそも未来を予言するなんて無理だというのが僕の考え。「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(1995年)の時にはインターネット社会を予見した作品だと言われたけど、そんなことを考えながら作ったわけではない。もちろん、ある種の予感はあるかもしれないし、それをつかまえることは重要だけど、構想してから封切りまで3年ぐらいかかるわけだから、予想するところから始めても意味がない。あえて言えば、自分の気分のなかにある普遍的な問いを取り出すことから映画作りは始まるんだ。 ――時代性に固執すると映画は失敗する。 押井 マイケル・ムーアを例にとると、「ボウリング・フォー・コロンバイン」(02年)は一つの時代を捉えながらも、人間と武器という普遍的なテーマと戦っているよね。 一方で「華氏911」(04年)はアンチ・ブッシュというムードだけで作られている。映画はよこしまな気持ちを持った瞬間から駄目になる。プロパガンダにしたらいけないんだ。「もののけ姫」(97年)のキャッチコピー「生きろ。」がいい例。あれは僕に言わせればコピーじゃなくてスローガンだよ(笑)。 ――ともに2004年公開だった「イノセンス」と宮崎監督の「ハウルの動く城」は、方や人形、方や年齢というフィルター(外見)を通して、自己と他者の在りようを描くという共通の問題意識があったと思います。それが今度は、どうやら両者とも「生きる」ということの根底を描こうとしているようで興味深い。 押井 映画監督というのは、誰でもある年齢に達すると死を思いながら生を語るもの。だから、同じテーマになっても不思議はない。棺おけに片足突っ込むと、生きるということはすべて死生観の裏返しになるんだ。 宮さん(宮崎監督)は、「千と千尋の神隠し」(01年)あたりからその傾向が顕著になったと思う。あの作品は、死生観だけで作ったと言ってもいい。だって、千尋が電車に乗って行く場面というのは、要するに三途の川を渡るということでしょう。あそこはすごくワクワクした。その先の展開にはがっかりしちゃったけど(笑)。でも、死生観と向き合ったことで作品にも色気が出てきた。やっぱり、死を覗くことで出てくる艶というものがあるんだ。 ――押井さんが死生観と向き合って分かったことは? 押井 今の若者にとって、死を思うことは「生きる」ということにつながるだろうということ。思春期のまま年をとらないキルドレたちは、生きている実感をもてない現代の若者そのものなんだ。だから、「スカイ・クロラ」はSFにせず、地に足の着いた作品にしなければならないと思った。SFにすると、結局は「真相の究明」をやらなきゃならないから。僕が描きたいのは、答えなんかないんだということ。外見上は年をとらない永遠の子供「キルドレ」の存在を延々と語るんじゃなくて、彼らの存在が自分のことだと思ってもらえるかどうかが大切。それに尽きる。 映画のコピーにあるように、こんな時代でももう一度、生まれてきたいと思うことが出来るか。今の若い人たちの気分に寄り添って映画を作らなければ、彼らの心の奥底には届かないと思う。 ――主人公の兵士・函南優一(カンナミユーイチ)に加瀬亮、上司の司令官・草薙水素(クサナギスイト)に菊地凛子という声優陣が発表されました。 押井 声に関してはこれまではプロの声優を重視してきたけど、優一と水素については、演じられる声優がいるのだろうかという疑問があった。というのも、外見は子供で中身は大人というキルドレには「未熟さ」が必要だったから。もちろん、声優にお願いすることで確実な点数は取れることは経験上で分かっていたけど、今回は0点か100点という挑戦をしたかった。
――女性を情緒的に描くのはこれまでの押井作品にはなかったことだと思います。「真・女立喰師列伝」(07年)でずっと憧れだった女優、ひし美ゆり子さんを主役に据え、正面から向き合ったことが影響しているのでは? 押井 その指摘は初めてだね。間違いなく影響していると思う。これまでにないくらい女性というものへの関心が高まっているし、ようやく目覚めた。そういう気持ちは「スカイ・クロラ」に強く出ていると思う。水素は「攻殻」「イノセンス」の素子とはまったく違う存在になったよ。
(2008年4月28日 読売新聞)
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