宮崎吾朗が語る「スタジオジブリ・レイアウト展」の魅力
――レイアウトとはどういうものですか。 吾朗 カメラの動き方やスピード、キャラクターと背景画の位置関係など、一つのカットを作る上で必要な情報が描き込まれたアニメーションの「最終設計図」です。レイアウトを見れば、各担当が何をやればいいか分かるようになっています。すべてのカット分を作成するので、例えば「ハウルの動く城」や「千と千尋の神隠し」だと1400枚近くのレイアウトが存在します。このシステムは、1974年にテレビシリーズ「アルプスの少女ハイジ」を手がけていた高畑勲、宮崎駿両氏が確立したと言われています。 ――なぜこのような工程が生まれたのですか。 吾朗 大きな目的は品質の維持です。アニメーションは分業で作られるため、作品に統一感を与えるには設計図が必要なんです。特に1年間に渡って放映されるテレビシリーズは短期間で作業を進めなければならなかったため、こういった合理的な方法が求められていたのでしょう。「ハイジ」の時は、駿監督がほとんど一人でやっていたそうです。 ――具体的にはどういった指示が描かれているのですか。 吾朗 煙突の煙はセル画かCGか、背景画は後ろだけでなく手前にも置くのか、キャラクターはどの方向に進むのか、雲はいくつの背景を組み合わせて表現するのかなど、たくさんの情報が入っています。 ――表に出ることがない制作者向けのものであるにも関わらず、丁寧に描き込まれていますね。
吾朗 一見すると1枚の絵のようですが、実はここに宮崎アニメの秘密が隠されています。というのも、本来、構図というのは遠近法を踏まえて作成されるものですが、宮崎アニメでは意識的に無視して、人間の目のように「見たいもの」を強調しているんです。ですから、空間がゆがんでいることもしょっちゅう。でも、目で見た時の感覚に近いから不自然に感じない。一方で、高畑監督はどちらかというと遠近法に忠実ですね。これは観客を作品世界に引きずり込むことよしとしない意図があってのことです。高畑作品について「冷たい」とか「入り込めない」いった印象を持つ方もいらっしゃるようですが、それは狙ってそうしているからなんです。 ――レイアウトを作成する上で求められるのは。 吾朗 空間に対する把握能力ですね。遠近法に従うにしても意図的に崩すにしても、原型が分かっていないと始まりません。 ――ということは、建築や造園業を経験した吾朗さんには得意分野ですか? 吾朗 「ゲド戦記」では、1200カットのレイアウトをチェックして、自分でも400カットを描きましたが、正直言って手探りでした。当時はよく宮崎アニメの絵コンテを読んでいたのですが、すでに完璧な設計図になっているんです。その結果、自分にとってはイレギュラーなものがスタンダードになってしまい、レイアウトでどこまでやったらいいのか迷ってしまった。やがて、あがってきた絵が想像していたものと違うと感じ、レイアウトの重要性が分かってきました。 ――展示にはどんなアドバイスを? 吾朗 大したことはやっていないんですよ。場面のつながりを見せるため、縦に2枚並べてみたらどうかと提案したり、物量もレイアウトの大事な側面だから、カット数の多い「千と千尋」は壁中に展示してみたらどうかと言ったり。だから「監修」なんて言われるのはおこがましいんです、本当は(笑)。 ――駿監督の最新作「崖の上のポニョ」も展示されていますが、作品はご覧になりましたか。 吾朗 観ました。一言で言うと「ハーメルンの笛吹き男」だと思いました。とても魅力的な作品でありながら「これについていっていいのだろうか」という不思議な気持ちが生まれた。それが率直な印象です。
(2008年7月29日 読売新聞)
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