現在位置は
です

本文です
一覧ニュースインタビュー本・DVD・CD借りぐらしのアリエッティ作品
ジブリをいっぱい

「ハウル」原作者 ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんに聞く―前編

ダイアナ・ウィン・ジョーンズさん


ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

1934年、英ロンドン生まれ。オックスフォード大セントアンズ校でJ・R・R・トールキンに師事。 大学卒業と同時に結婚。子育て中にファンタジーを書き始める。作品に「マライアおばさん」「九年目の魔法」など

 宮崎駿監督の新作「ハウルの動く城」の原作「魔法使いハウルと火の悪魔」を書いたダイアナ・ウィン・ジョーンズを英ブリストルに訪ねた。

――初版は1986年ですが、物語が誕生したきっかけは。

ジョーンズ 84年のある日、突然牛乳アレルギーになりました。牛乳をちょっとなめただけで魔法かのろいにでもかかったように体が衰え、つえがないと歩けなくなったの。髪の色が変わり、しわも一気に増え、いきなり老人になったように感じたわ。この経験がきっかけで、少女が突然お婆さんになってしまうという設定を思いつきました。

――牛乳は今でも駄目ですか。

ジョーンズ ええ。私たちの生活には牛乳が溢れていますから、とても気を使っています。買い物に行った時は原材料を調べて、乳製品が含まれていないか注意しています。

――「動く城」については。

ジョーンズ 以前、子どもたちと語るためにあちこちの学校を訪ねる旅をしていた時、一人の少年に「動く城の話を書いて」と言われたんです。それを聞いて、すごくいいアイデアだと思い、「その物語を書いたら読んでね。本の最初のページに必ずあなたの名前と『ありがとう』というメッセージを入れるわ」と約束しました。

――いつ頃のことですか。

ジョーンズ 不思議なことに、牛乳アレルギーになったのと同時期でした。ところがその日、物語のことを考えながらワクワクして家路についたのですが、鞄を開けると彼の名前を書いたメモがない。なくしてしまったんです。私は「動く城」について聞かれるといつも、「今も彼を探しているわ。名前のメモはなくしてしまったけど、感謝しています」と答えています。

――2つの経験を結びつけ、あれだけの物語を紡いでしまうのは驚きです。


「魔法使いハウルと火の悪魔」(徳間書店)
ジョーンズ 物語の出発点は、いつもささいなことです。以前、私の息子たちがテーブルを挟んで喧嘩していたことがありました。そのテーブルにはラジオが載っていたのですが、喧嘩の末に床に落ちてしまった。見かねた夫が拾い上げ、「なんてことをするんだ!」と叱ったら、たまたまスイッチが入り、「もうたくさんだ」という声が聞こえてきた。タイミングがぴったりだったので、思わず皆で大笑い。その逸話を基に、後に一つの物語が生まれたんですよ。あなたがここで何かしてくれたら、きっと本が一冊書けるわね。

――日常が発想の源となっている。

ジョーンズ 特に子どもたちから得たことが多い。楽しい思いもたくさんしましたし、笑いの源にもなっている。本当にいたずらっ子でしたけど。私が具合悪い時も言うことを聞かなかったので、ベッドにもぐりこんで「もうこのまま死ぬから!」と叫んだこともあったわ。

――かつてJ・R・R・トールキンに師事していたとのことですが。

ジョーンズ オックスフォード大セントアンズ校で授業を受けていましたが、彼はまだファンタジー作家としては無名でした。講義中はあんまりボソボソ喋るので、皆が「こんなもの金の無駄だ」とドロップアウトしていましたね。でも、私は夢中でした。何故なら、彼は私たちを試すためにわざとそうしているのだろうと思ったからです。

――トールキンの影響を受けていると思いますか。

ジョーンズ 2番目の息子を生む前、つわりがひどくて寝込んだ際に初めて「指輪物語」を読み込んだのですが、革命的な内容に驚きました。ですから、多大な影響は受けていることは否定しませんが、模倣したことはありません。(次ページへ続く)


2004年10月5日  読売新聞)
現在位置は
です