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ジブリをいっぱい

「ナウシカ」はこうして生まれた 鈴木プロデューサーに聞く

鈴木 敏夫(すずき としお)さん


鈴木 敏夫(すずき としお)

1948年生まれ。慶応大学文学部卒業後、徳間書店に入社。アニメーション雑誌「月刊アニメージュ」の創刊に参加。同誌が縁で高畑勲・宮崎駿・押井守監督と知り合う。スタジオジブリ事業本部本部長・徳間書店常務取締役。 現在は、来春公開の押井守監督の新作 「イノセンス」に参加している。

 ついに、と言うべきか。やっと、と言うべきか。宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」(1984年)が初めてDVD化され、19日に発売された。

 スタジオジブリ作品をDVD化してきた「ジブリがいっぱい」シリーズでは、「ナウシカ」だけが登場していなかった。ここまで引っ張ったのには何か理由があるに違いないと踏んだ記者は、「真相を確かめるにはやっぱりこの人しかいない」と、鈴木敏夫プロデューサーを訪ねた。しかし、返ってきた答えは……。(依田謙一)

――「ナウシカ」のDVD化が、旧作で最後になった理由は。

鈴木 考えすぎですって(笑)。そのうち発売しようと思っていたのが、伸びてしまっていただけです。発売元からは、そろそろ今年の夏に出しませんかと言われたんですが、「まぁそんなに焦りなさんな」って、この時期にしたんです。

――考えすぎでした(笑)。DVD化にあたって「ナウシカ」を観直しましたか。

鈴木 自分が携わった作品は、出来上がってしまうとほとんど観ません。今回、久しぶりに「ナウシカ」を観ましたけど、まだまだ楽しめませんでしたね。「あぁ、この場面はあいつが大変だったなぁ」などと思い出してしまって。しっかり観直すのは、老後の楽しみにとっておきます。

――当時のことを覚えていますか。

鈴木 20年といっても、つい最近のことのようです。当時、僕は「月刊アニメージュ」で編集者をやっていて、会社から「映画の企画を出せ」と言われていました。ちょうどその頃、宮(崎駿)さんが、テレコム・アニメーションフィルムをやめたばかりだったので、彼に声を掛けて映画の企画を考えたんです。それが「ナウシカ」だった。僕たちは「これはいいぞ」と勇んだのですが、こっぴどく怒られましてね。「君たちは何も分かっていない。原作もない作品を映画化できるか」と。

――お蔵入りですか。


鈴木 それを聞いた宮さんが、「鈴木さん、じゃあ、原作になる漫画を描きましょう」って(笑)。でも、いざ連載を始めるべく準備していたら、宮さんがこう言って来た。「鈴木さん、やっぱり、映画のために漫画を書くのは、漫画に対して失礼だ」と。あの人の偉いところはそうやって常に初心に立ち返るところなんですね。僕は彼を信用していましたから、「では、映画のことは考えず、好きなように描いて下さい」と言いました。

――そして、「ナウシカ」の連載が始まる。

鈴木 連載前、宮さんに3種類の絵を見せられました。1枚目は線が多いタッチの絵。2枚目は線が少ないスカスカの絵。3枚目はその中間。宮さんは、それを並べて「さぁ、どの絵がいいですか」と聞いてきました。返答に困っていたら、「1枚目は、気に入ってますが、時間がかかります。“今月は4ページ”という回も出てくるでしょう。2枚目は、××××(ある漫画家の名前)タイプ。これだと量産できます」って。僕は「もう、分かりました。4ページの回があってもいいですから、1枚目でお願いします」と答えました。実際に連載が始まったら、2ページの回もありましたが(笑)。(次ページへ続く)


コミックス版「風の谷ナウシカ」

 映画「風の谷のナウシカ」のDVDが19日に発売されたのを記念し、コミックス版「風の谷のナウシカ」全7巻が、「トルメキア戦役バージョン」ケースに入り、徳間書店より再発売されている。
 映画化されたのは原作のほぼ2巻目までの部分だが、コミックス版では、その後のナウシカがどうなったのかを知ることができる。

2003年11月25日  読売新聞)
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