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ジブリをいっぱい

 「スタジオジブリ立体造型物展」では、過去のジブリ作品を立体造型物化し、当時の作品資料などとともに展示するという。もちろん、高畑監督の作品も。

――「ホーホケキョ となりの山田くん」(99年)公開時、「人々のとなりには山田一家が必要だ」と発言していましたが。


高畑 人間にはそれぞれ理想があります。しかし、それを達成できない自分とのギャップが大きすぎ、生きにくくなっている人々が多いことが気になっていました。極端な例が「引きこもり」です。誇りだけが高まって、どうせ外に出てもろくなことがないだろうというね。アニメーションはそういう人たちの「癒し」になっているという側面がありますが、もっと等身大の自分の存在を認識すべきだと思うんです。山田一家は、一見いい加減な人々に見えるかも知れませんが、実は我々自身でもある。そこから出発することの大切さを描きたかったんですね。

――「等身大」という考え方は「平成狸合戦ぽんぽこ」(94年)でも貫かれているように思います。タヌキたちがヒーローとして活躍することはありませんでした。

高畑 日本のファンタジーの逆をやったつもりです。タヌキが大変身して活躍するような話を描いたらいいんじゃないかと不満を言う人もいましたが、それは意図ではありません。タヌキにばかされるというのは、笑い話です。ばかされて現実に戻るためにタヌキはいた。少なくとも、江戸時代の人々にとってはそういう日常的な存在だったはずです。

――タヌキたちが「人間の手が入った自然」を守ろうとしたのはなぜなんでしょう。


高畑 水田同様、里山も「人間の手が入った自然」です。しかし重要なのは、自然とどう接していくかということ。東京にいると分かりませんが、田舎にいると、稲の成長を眺めながら、少なくとも半年間は季節感を感じることができる。人間は自然を利用しながら、自然に生かされているんです。日本の農家はずっとそれをやってきた。もともとの自然を守るよりも、自然と一緒に生き長らえていくことの方が大切でしょう。

――人間への「やりすぎてはいけない」という警告だったのでしょうか。

高畑 タヌキの害が広がると人間は困ります。だからといって排除すればいいということではなく、人間は自然とせめぎあっている方がいいんです。人間も生きていかなきゃならないし、タヌキも生きていかなきゃならない。当たり前のことです。そういう意味で、多摩ニュータウンを舞台にしたのは、構想当時からその計画を知っていて、空恐ろしいことをするなというイメージがあったからです。人間にとって邪魔だからといって完全に排除してしまえばいいのでしょうか。

――「おもひでぽろぽろ」は、原作を読んですぐにアニメーション化を思い立ったのですか。

高畑 周りに「やってみないか」と持ちかけられて原作を読んでみたんですが、その時はアニメーションにしようとは思いませんでした。少なくとも長編向きではないと。ところが作者の方と話しているうちに、ドラマとしての劇的な構成がなくても、エッセイとして描く方法があるんじゃないかと思い始めました。「火垂るの墓」(88年)はそういう作品です。決してドラマ的な展開がなくても、日常をしっかり描いてあげれば作品になりうるのです。

――スタッフロールのあとのエンディングが印象的です。

高畑 前の晩に関係が深まった2人が、翌日別れて終わり、という最後ではあんまりですから。ただ、僕が描いたのは、単に「滞在を伸ばす」ということだけなんです。あとは、そこに観ている人の願望がいろいろと入ればいいんだと思います。

――展覧会では、高畑監督の作品も立体化されるわけですが。


高畑 我々は線で描いています。セルを使ったアニメーションいうのは、アメリカで生まれたものですが、線で描くというのは、むしろ日本の伝統的な手法だった。浮世絵もそうです。線で描く場合、その裏側ある本物をとらえようという力が働きますから、少々下手でもいいんですが、立体の場合、もっと厳密な描写が必要になるでしょうね。きっと「似ている」「似ていない」ということが、如実に出るでしょう。

 最後に「キリク」以降の予定について聞いてみた。「うーん」と笑った高畑監督には、すでに次の作品の構想があることが見て取れた。ジブリの窓は大きいので、閉じ込められた部屋の蛍光灯の下よりも、表情がはっきりと見える。


2003年6月2日  読売新聞)
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