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ジブリをいっぱい

――9月には「しょうぼうていハーヴィー ニューヨークをまもる」(マイラ・カルマン著)で初めて絵本の翻訳に挑戦されましたね。


矢野 今までも翻訳の依頼はありましたが、すべてお断りしていました。というのも、「翻訳という行為は不可能だ」という考えがあったからです。原語と同じ意味にできるわけがないと。ですから、この本の場合も、最初は「一応読んでみますけど」という感じでした。それが、いざ読んでみたら「私がやらずに誰がやる!」と思ってしまって。ちっとも考えが一貫していないんですが(笑)。

――どの点にひかれたのですか。

矢野 ハーヴィーを愛し、守るために行動を起こした人々の気持ちですね。この物語は実話にもとづいたもので、9.11の際にハーヴィーが活躍したことについても描かれていますが、彼らはきっと9.11がなくともハーヴィーを愛し続けたでしょう。あとがきにも書きましたが、歴史を川に沈めてしまうのではなく、共に生ける限り、一緒に流れていきたいという意志に胸を打たれました。私が翻訳を引き受けようと決意したのは、その気持ちを日本に住む人々に知ってもらいたいと思ったからです。

――不可能だと思っていた「翻訳」は可能でしたか。

矢野 幸いだったのは、マイラ・カルマンの持っている口調やユーモアのセンスが私と近かった。いざ始めたら「なんだできるじゃないか」って。一方で、悩んだ部分もあります。例えば、ツインタワーに飛行機が突っ込んでいく部分は「Crash, crash, crah」となっていましたが、それを「ぶつかって、ぶつかって、ぶつかって」と訳したのではこの本が持っている神聖で客観的な感じが伝わらないと思い、「ものすごい力で」としました。

――ハーヴィーの実物はご覧になりましたか。


インタビューにたまたま遊びに来たジブリの鈴木敏夫プロデューサーと。「その後ジブリ作品はご覧になりました?」と聞く鈴木プロデューサーに、矢野さんは「2か月前にやっと『千と千尋の神隠し』を観ました」
矢野 翻訳を始める前に見に行きました。絵本で描かれているような「ぴかぴか」ではありませんでしたが、70年に渡り仕事をしてきた勇姿が確かにそこにありました。年季の入った猟師のようでしたね。皆さんもニューヨークを訪れる機会があれば、是非、足を運んでみて下さい。

――さて、今日はせっかくなので「となりの山田くん」を思い出していただきたいのですが。

矢野 よぉく覚えていますよ。初めて映画音楽に挑んだ作品ですからね。

――依頼された時の印象は。

矢野 私の音楽が必要だと思っていただいたことはとても光栄だと思いました。でも、最初は不安でしたね。映画音楽の大変さは坂本龍一の作業を見て知っていましたから、「これはえらいことになるぞ」って。だって、音楽はあくまで一つの要素に過ぎず、すべては映画がよくなるために作業が進むわけでしょう。「ここで8秒縮めてくれ」なんて言われてもできるのかなと思っていました。

――矢野さんにとって映画音楽が初めてなら、作品自体も4コマ漫画を長編にするという挑戦作でした。

矢野 普通の人の普通の日常を、劇場作品として皆が観られる娯楽にした高畑監督の力を、心の底から尊敬します。監督自身が持っている温厚さと情熱が作品に表れていますね。出来上がった映画を観た時には、ほろっとなっちゃいましたよ。

――映画音楽を作る苦しみだけでなく、喜びも知った。

矢野 主題歌「ひとりぼっちはやめた」ができたことで、作品と一本の線でつながる喜びを知りましたし、映画という枠の中で自分の音楽が役に立っているということに、それまでにない満足感がありました。報いの大きい仕事ですね、映画音楽って。

 彼女の音楽は、圧倒的な技術と感性に支えられながら、名曲「ラーメン食べたい」に代表されるように、表面は常に、軽やかで日常的だ。

 高畑監督は「となりの山田くん」公開時に、「現代人はもっと等身大の自分の存在を認識すべき。人々のとなりには山田一家が必要だ」と語っていた。ならば、その言葉を受けてこう続けたい。

 「人々のとなりには矢野顕子の歌も必要だ」


「ホントのきもち」矢野顕子

 オリジナル・アルバムとしては2年半ぶりの新作。くるりの岸田繁など、様々なミュージシャンとの合作を中心に10曲を収録。ヤマハミュージックコミュニケーションズから10月27日発売。
 矢野顕子オフィシャルサイトはこちら

2004年9月28日  読売新聞)
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