対談 谷川俊太郎×木村弓 ふたりが作った「世界の約束」谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう)さん
木村 弓(きむら ゆみ)さん
谷川さんと木村さんに「世界の約束」が生まれた経緯を振り返ってもらった。(依田謙一) 木村 谷川さんに最初にお会いしたのは、01年のクリスマスイブ。ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の支援団体が石川県小松市で開いたコンサートに、一緒に参加させていただいた時でしたね。 谷川 「千と千尋の神隠し」が公開された年で、主催者の方が主題歌「いつも何度でも」(作詞・覚和歌子、作曲・木村弓)に夢中だったそうなんです。僕自身もあの曲を気に入っていたので、お会いできて嬉しかったのを覚えています。 木村 あ、そうなんですか。今初めて聞きました(笑)。 谷川 普段会ってもなかなか言えないでしょう。だから、こういう時に言っておかないと(笑)。歌詞が印象的だったんですよ。以前、木村さんのCDにコメントを書かせていただいた際に「Vulnerable」(傷つきやすい)という言葉を使ったんですが、そういう繊細さがありましたね。 ――木村さんの谷川さんに対する印象は。 木村 魔法のように言葉を操る方だなって思っていました。ただ、熱狂的なファンという意味では作詞家の覚和歌子さんの方が愛読者ですから、それには負けてしまいますけど。
木村 実は「谷川さんに書いていただいたら」と提案してくれたのは覚さんだったんです。私には思いもよらないことでしたが、勇気を出してお願いしてみたら「いいよ」って言って下さって。 谷川 それで作ったのが「世界の約束」だったんだ。 ――曲作りはどのように進んだのですか。 木村 メロディーを作ってから歌詞を乗せる「曲先」でお願いしました。 谷川 今、音楽業界では圧倒的に曲先が多いと思うけど、僕はあまりやったことがなかったから、自分にとっては挑戦でしたね。 木村 内容については「別れの歌にしたい」と伝えました。今まで恋愛の歌を作ったことはほとんどありませんでしたが、メロディーが浮かんだ時、これは別れの心境を歌った曲だと思ったんです。ただ暗いものにしたくはなかった。 谷川 そうだったね。「明るい別れの歌にしたいんです」って。
谷川 別れた後どうするかという気持ちを大切に書きかった。その考えのきっかけとなったのが「思い出のうちにあなたはいない」という部分。何度も曲を聴いているうちに、すっとこの言葉がはまったんです。作詞というのは、あれこれ筋立てを考えるより、うまくはまる一言を探す方が、流れができる。この部分ができたら自然と「決して終わらない世界の約束」という言葉も生まれました。人と人との別れの後に、人と世界という関係が見えてきたんです。 ――「世界の約束」が収録されたアルバム「流星」は、作詞陣に限らず、竪琴ライアーの弾き語り以外の編曲を取り入れるなど、バリエーションに富んでいましたね。 木村 アルバムを作っている時に、宮崎監督から「ピアノの曲をもっと入れたりなど工夫してみては」とアドバイスをいただいたことが大きかったですね。自分なりに苦心したのですが、なんとか出来上がって監督にCDをお届けしたら、表題曲の「流星」と「世界の約束」、そして「さとうきび畑」を特に気に入ってくださったようでした。そうしたらしばらくして、「今作っている映画に『世界の約束』を使いたい」というお話をいただいたんです。 谷川 もともと映画のために作ったものではないという点では、「千と千尋」の主題歌が決まる過程と一緒なんだね。 木村 そうなんです。あの時も別の企画のために作った曲だったので。(次ページへ続く)
(2005年1月25日 読売新聞)
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