【PIXARの秘密】最後の難関「人間」に挑む
「ニモ」の監督を務めたアンドリュー・スタントンは、「『トイ・ストーリー』『バグズ・ライフ』のころは、どうしてもできず、描きたかった水がはねるシーンなどを、結局削ることになった」と打ち明ける。 魚たちの世界を描く「ニモ」は、舞台のほとんどが水中シーン。「企画を聞いた時、これは大変なプロジェクトだと思った」と、CGスーパーバイザーのダニエル・ファインバーグは話す。 舞台が陸上ならば、普通にキャラクターを動かせばいいが、水中らしく見せるためには、その上に様々な加工を必要とする。ファインバーグらは、水中での光の動きを分析し、次の要素を解明した。 〈1〉水中では光のエネルギー消失の度合いが大きく、赤、緑の順で光は消え、遠景には青だけが残る〈2〉海面で拡散した光が反射し、ゆらめいて見える〈3〉水の動きに合わせ、微生物などの浮遊物が揺れる〈4〉海面に近い方が明るい〈5〉物の輪郭がぼやけて見える――。 海中を海中らしく見せるため、これら五つの要素を場面ごとに加味した。その分、コンピューターに余分な計算をさせたことになるが、同社の250台の高性能マシンに不可能なことではなかった。 7回にわたり、ピクサーの強さの秘密を分析してきた。短編と長編を同時公開し、技術と若手を育てるシステム。社員交流が進むよう設計された社屋。充実した研修制度や協調性を重視した採用基準。ストーリー重視と、高い技術力。まるでピクサーという会社そのものが、綿密に計算され、完成した一つの芸術作品のようにも見える。 成功の結果、会社は巨大になった。しかし、熱気あふれた、かつての小さな所帯を懐かしむ声や、社員が互いの名前さえ知らない状況を快く思わない社員もいる。 製作に長時間を要し、その間の収入が途切れるアニメ特有のリスクは、同時に複数作品の製作を進めることで避けられるようになった。だが、このことは、ひとたび世間の好みと作風にズレが生じ始めた時、すぐには修正できないリスクも生む。 しかし、新たな死角も、この会社は何とか克服していくだろう。そんな力強さを、ピクサーには感じる。 「モンスターズ・インク」では、キャラクターの全身を覆う体毛が技術的な壁だった。次の「ニモ」では、海中という難しい世界に挑んだ。次々と障害を克服したピクサーはついに、「CG最後の難関」とも言われる分野に挑もうとしている。 それは、人間である。 新作「Mr.インクレディブル」は、引退したスーパーヒーローの物語だ。ファインバーグは、「魚の表面を描くために『ニモ』で開発した技術を改良し、耳や指を透かした時の肌の様子まで描けるようになった」と話す。 今度の作品には、人種、性別、年齢も様々な人間たちが登場する。「確かに漫画的要素も取り入れているが、私たちに最も身近な『人間』を描いていると観客が信じられる現実味は必要です」 人間とはどういう存在か。その一つの答えを、ピクサーは、今年11月に全米公開(日本は12月)される新作で世界に示す。 (原田康久) ※「ピクサーの秘密」は、今回で終わります。来月からは宮崎駿監督の新作「ハウルの動く城」を製作中のスタジオジブリに改めて光を当てる「ジブリの挑戦」第2章が始まります。 (2004年5月18日 読売新聞)
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