「ポーニョ ポーニョ ポニョ」 幼さ、ドミソの旋律で 久石譲に聞く
5歳の男の子・宗介と人魚の子・ポニョのラブ・ストーリー『崖の上のポニョ』の粗筋を聞いた時、「手ごわいぞ」と思った。 「例えば、思春期の好きという感情なら、『私はこの人のこんなところにひかれた』など、背景やドラマ、換言すれば曲作りの手がかりがある。でもこの幼い子同士の好きは、ただ純粋な好きという感情があるだけで、理屈なんか存在しない。本能的な感情の動きを音で描くのは容易じゃない」 が、このハードルは早い段階で乗り越えられた。一昨年秋の宮崎監督との打ち合わせで、誰でも口ずさめるような主題歌を作ってほしいと要請されたその場で、「ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子」という、あの童謡のような旋律が出来てしまったのだ。 「ポからニョへと音が下がる発音を聞くうちに、基本和音のドミソを、『ソーミ ドーソ ソソ』と下降する旋律を思いついた。あまりに素朴で、その場で伝えることが出来なかった」 簡潔だが印象的。思案を重ねるほどにこの映画にふさわしいメロディーであることを確信する。3か月後、簡単なデモテープを宮崎監督に聴かせると気に入ってくれた。映画の随所で使われる2小節の強力な旋律を手にすることができた。 が、映像が出来るに従って、子供の純粋な心だけが描かれた映画でないことがわかってくる。謎めいた展開は説明されぬまま、見る者に解釈がゆだねられる。 「死後の世界、輪廻(りんね)、魂の不滅など哲学的なテーマを投げかけている。でも、子供の目からは、冒険物語の一部として、自然に受け入れられる。この二重構造をどう音楽で表現するか。そこからが大変でした」 例えば、再三登場する主題歌の旋律は、編曲をすべて変えた。不協和音や複合リズムを導入するなど、映像に寄り添い心地よく流れる音楽は、注意深く聴くと、複雑で抽象的だ。 国立音大卒業後、1981年にアルバム「MKWAJU」でデビュー。当初は前衛的なミニマル音楽の影響が濃厚な作風だったが、初の映画音楽となった84年の「風の谷のナウシカ」で転機を迎えた。オーケストラを導入して、美しい旋律を壮麗に聴かせたのだ。 「映像に触発され、それを生かす音楽を作るという経験が、これまで自分に縁遠いと思っていた叙情的な一面を引き出してくれた」 以後、宮崎映画には欠かせぬ存在となり、「HANA―BI」など北野武監督作品、さらにフランスや韓国、中国など海外の映画の音楽も手がけるなど、国際的な活動を繰り広げる。 武道館公演は、「もののけ姫」「紅の豚」など9作品の音楽をそれぞれ12〜13分ほどの組曲風に編曲し、その映画の名場面を中心に再構築した映像とともに演奏する。オーケストラにブラスバンドを加えた300人以上の楽団と800人の合唱隊による、壮大なスケールの音が奏でられる。 「歌に演奏、映像、そして舞台セットも含め、単なるコンサートではなく、総合芸術の作品となるようなステージにするつもりです」と力を込めた。(2008年7月31日 読売新聞)
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