テラビシアにかける橋英語に wear out one's welcome という表現があります。長居して、あるいは嫌がられるようなことをして、周りに「もういなくなってほしい、帰ってほしい」と思わせるという意味です。 例えば、あるホームパーティであまり迷惑をかけないようにと11時には帰った -- We didn't want to wear out our welcome, so we left at eleven. また、訪ねてきた義父が説教ばかりするので、義理の息子から早く帰ってほしいと思われた -- His father-in-law wore out his welcome with too many lectures. 残念ながらこの表現を使える映画も少なくありません。ありきたりのシーンや展開が何度も繰り返されたり、話の先が読めてしまったり、最後まで見るんじゃなかったなんて思ったことはだれにでも一度や二度はありますよね。しかし、今回のお勧め「テラビシアにかける橋」はその心配はありません。むしろ、私は「もう少し長ければいいのに」と思ったほどでした。 この映画の主人公はアメリカのある地方に住む2人の男の子と女の子です。男の子はジェス、11歳。4人姉妹を持った1人息子で、苦労してぎりぎりの生活費を稼いでいる両親は残念ながら彼とゆっくり過ごす余裕がありません。学校ではいじめられ、孤独な毎日を送っています。そんな彼の唯一の慰めは、奇妙な生き物を想像してそれをスケッチブックに描くことでした。そんなある日、もう1人の主人公、レスリーという女の子が隣りに引っ越してきます。レスリーも想像力豊かですが、家族が少し風変わりなためにほかの生徒からからかわれてしまいます。 当然ジェスとレスリーが友だちになります。そして自分たちだけの空想の王国 "テラビシア" を、森の中に創り上げることにします。そこで「悪の力」と戦うことで、2人は学校や家でのことに立ち向かっていく勇気をも見つけていくのでした。 ここでちょっと、小さいお子さんと一緒に見るご両親に。映画の最後の方である悲劇が突然ジェスたちを襲います。どのような悲劇かは予告編を見ればだいたいお分かりいただけると思います。ですから一緒に見る前に、お子さんには早すぎるかどうか判断していただければと思います。 この映画で特に好きなところは、「良い子供 vs 悪い大人」というような単純な内容にはなっていないところでしょう。例えば、ジェスの父親は確かに息子に対して無愛想な男です。でも愛情がないからではありません。家族を養っていけるかどうかという深い不安と大黒柱としての責任感の狭間で一生懸命だからです。しかもこの映画の制作者は、観客の知性と想像力をちゃんと信頼しており、わざとらしいセリフでいちいち説明しようとはしません。妻と食卓に座り、押し殺した声で家計を話す場面などが十二分に伝えてくれています。 コンピューター・グラフィックス (CG) が比較的に少ないのも本当にうれしいことです。ジェスたちが頭の中で森の植物や動物を空想の怪物に変身させ、それらはCGで描かかれていますがそれほど多くはありません。しかも、CGを使う場合には制作者がユーモアと感情をたっぷり込めています。特にトンボが金の鎧で空を飛ぶ小さな兵士に変わり、敵を攻撃する前にリーダーがジェスたちにきちんと敬礼をする映像が実にかわいらしいのです。また、テラビシアで巨人と会うシーンがありますが、その巨人は現実の世界ではずっと誤解されていた人と同じ顔をしています。 最後に、このストーリーの原作について一言。1977年に出版された小説「テラビシアにかける橋」は毎年アメリカで最も優れた児童書に与えられるニューベリー賞を受賞し、24カ国で出版されています。作家は1932年中国で生まれたアメリカ人女性キャサリン・パターソンで、パターソンは1957年から4年、日本で布教活動をしていました(本人のオフィシャルサイト、www.terabithia.com/about.html で着物姿の写真があります)。 そのとき一生日本に住みたいと思ったほど気に入ったそうですが、勉強のために一時帰国したところ、愛する男性と出会い結婚しました。しかし、日本を忘れたわけではありません。初めて書いた小説は日本のおとぎ話をモチーフにした「菊花のしるし」というものでした。 映画の中でレスリーがジェスに keep your mind wide open(心を大きく開いて)と言うところがあります。そこで今回は mind を使った表現をご紹介しましょう。 all in one's mind「思い過ごし、気のせい」という意味です。例えば、「彼女、僕のことを気に入っているかな」と悩んでいる男性を想像してみましょう。確かにそんな感じもしますが、そう願ってるから勝手にそう感じるのかもしれません。英語で言うと、 Does she like me, or is it all in my mind? 同じ意味で all in one's head という言い方もあります。例えば、自分の上司から嫌われていると思っている女性を想像してみましょう。ところが本当はまったく逆で、上司の言葉と態度を誤って解釈していたと分かったとすると、次のように言えます。 I thought my boss didn't like me, but it was all in my head. read one's mindもともと「心を読む」ことですが、「私もまったくそう思う」とか「私もちょうど同じことを考えていた」と言いたいときにも使えます。 例えば、私が「何か食べない?」と友だちに言うと、その友だちが「今同じ事と言おうとしたのよ。私もお腹ペコペコ」と答えました。この表現を使って次のように言えます。 You read my mind! I'm starving. 同じ意味で great minds think alike とも言えます。直訳では「賢者は同じように考える」という意味です。例えば「時間がないからタクシーで行こう」と言われ、「私もそうした方がいいと思ってた」と答えた場合、 Great minds think alike. Let's get a taxi. to my mind「私の考えでは」という意味です。例えば、先日見た映画の中で、14歳の女の子がT バックの水着を着ていました。たぶん私だけではないと思いますが、私の考えではそれは若すぎです。 To my mind, 14 is way too young for a thong swimsuit. one-track mindtrack はこの場合「線路」のイメージで、片方にだけ走る列車のように、have a one-track mind の人は「一つの考えにとらわれている」、「一つのことだけを考えている」意味です。 しかし、何を考えているかを明示しなければいけません。というのも one-track mind は「エッチしか考えない」人についてよく使われるからです。例えば、買い物が唯一の趣味である女性については、 She has a one-track mind. All she does is shop. load off one's mind「重荷を下ろす」という意味です。心配事や気に病んでいることが無くなったり、解決されてこれでもう安心といった場合に使われます。 咳がいつまでたっても直らないので心配になって病院に行った人を想像してみましょう。何か深刻な病気のせいじゃないかと医者に尋ねると、「ただの風邪だね」と言われてほっとしました。英語では、 The doctor said it's just a cold, so that's a load off my mind.
(2008年2月1日 読売新聞)
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