「精神」の想田監督インタビュー本日5月29日(金)をもちまして「ヘザーの映画館」の更新を終了いたします。皆様、本当に長い間たくさんの映画を一緒に楽しんでいただき、心から感謝するとともに深くお礼申しあげます。本当にありがとうございました。Thank you and all my best! さて、その最後にお勧めする映画は、想田和弘監督の最新作「精神」です。2007年、日本の市議会議員選挙を描いたドキュメンタリー「選挙」で世界的に話題を呼んだ想田監督は今回、長い間タブーとされてきた精神科の世界にカメラを入れました。岡山市にある外来精神科クリニック「こらーる岡山」を主な舞台として、心の病を患う当事者やスタッフをつぶさに観察したドキュメンタリー映画です。 「観客に何かを伝えようというのではなく、それぞれの方に考えてもらうべき」というのが、想田監督のポリシーですが、今回もナレーションによる説明や音楽を一切使っていません。何よりも監督は一般社会と精神障害者の間に下ろされている「見えざるカーテン」と取り除くつもりでこの映画に挑みました。 ほかの評論家や解説者の方々も同じようなコメントをされていますが、あえて私も言わせていただきます。この映画で最も力強く伝わってくるのは当事者の病気ではなく、彼らの人間性だということです。これを観る多くの方が精神疾患に対する自分の先入観を捨てざるを得なくなると思います。そして少しでも多くの人がこの事実を「他人事」でないと感じられれば、想田監督はまさに、私たちの社会にとって本当に大事な仕事をされたという証にほかなりません。 1993年からニューヨークに在住している想田監督が先日この映画の宣伝で来日され、インタビューに応じてくれました。今回はそのハイライトをご紹介したいと思います。 ---------------------------- 質問:まず、この映画のタイトルを選ぶプロセスのことをお聞きしたいのですが。 想田監督:最初は 英語で Mental Illness、日本語で「精神病」と考えていました。ところが、この映画を作って編集している間に「これはたぶん病気についての作品じゃないな」とだんだん分かってきたんです。僕らの心とか、精神。まあ、いろんな名前があって何て呼ぶのがいいのか分かりませんが、私たちが持っているモヤモヤした「小宇宙」とでもいうような... それで、大それた題名ですが、「精神」という名前がいいだろうと。そのとき、英語も日本語も両方とも病気の部分を取ったらどうだろうと思いました。「精神病」ではなく「精神」。Mental Illness ではなく Mental。 面白いことに、英語の mental は「心の、精神の」という普通の形容詞のほかに、「あの人はおかしい、狂っている」という差別的な使い方もあります。He's mental とか。日本語の「精神」もそうなんです。「心とか、魂」というニュートラル意味のほかに「彼が精神だから」と言うと、少し侮蔑の意味が混ざる場合もあります。Mental ほど一般的に侮蔑的な表現ではありませんが。似ていて面白いと思いました。 あとやっぱり、「精神」とか Mental 、本来ならばニュートラルである言葉が、使いようによっては差別的になるのは興味深いとも思いました。精神病そのものも、偏見とか差別と関係ないはずです。ただの病気ですから。しかし、人がそれをどう見るか、どう語るかによって差別とか偏見が生まれます。 質問:精神病の患者に対する偏見は世界共通のことだと思いますが、その偏見の原因は国よって違うのではないでしょうか?これはあくまで私の推測ですが、アメリカでは「あの人たちが汚れている」というイメージがある一方で、日本では「ただ怠けている」というような意識もあるような感じがしますが、いかがですか? 想田監督:あるでしょう。この映画を見た人の中でも「あの人たちは怠けすぎで、もっと厳しくやらないとだめだ」というような人もいます。しかし、それは本当に誤解なんです。 心の病なので、がんばれば何とかなるのではないかというふうに思われがちです。しかし、がんばって、がんばって、で、心の病になったのです。逆に、例えば心臓病とか、身体的な病気を患っている人に「そんなに寝てるんじゃない。がんばれ」って言うか?と聞きたいですね。 質問:プレス資料の中で監督ご自身が大学時代に燃え尽き症候群になったご経験を語っています。当時周りからどんな風に反応されたんでしょうか? 想田監督:僕自身は全然隠さず、燃え尽き症候群になったことを普通にしゃべっていました。違和感を持ったのは、「自ら精神科に駆け込んだ」と言ったら、皆に笑われたことです。「想田、精神科っていうのは自分から駆け込むんじゃなくて、強制的に誰かに連れて行かれる所だ」と言われたからです。 そのとき、すごい違和感がありました。だって、歯が痛いから歯医者に行くんじゃないのか?なのに、心が痛んで自分から精神科医に行くのはおかしいと言われる。強制的に連れて行かれないかぎり行かない医療機関って、一体何なんだろう?その疑問はずっと私の心の中に残っていました。 結局そのときから10年以上たってからこの映画を撮ることになったわけですが、その経験がベースになっています。 質問:映画には実際の患者さんが登場するわけですが、どのようにして説得されたんでしょうか? 想田監督:説得はしていません。聞いただけです。 まず診療所に撮影許可を申し込みました。こらーる岡山の “活動者会議”、スタッフと患者両方が参加している会議が話し合い、受け入れることにしてくれましたが、「写られたくない人もたくさんいますので、1人1人許可をもらってください」と言われました。 だから、僕と妻は一緒にカメラを持って毎日待合室に行って、1人1人に自己紹介して、映画の趣旨を話して「撮ってもいいですか」と聞いたんです。で、10人聞いたら、8人か9人は「困ります」と...。周りに内緒にしているとか、家から失踪していて自分の居場所が分かってしまうと困るとか、それぞれにいろんな事情がありました。 でも「いいですよ」とおっしゃる方もいて、その場ですぐカメラを回し始めました。ところが、こらーる岡山ではスタッフの方が白衣を着ていないので、あれこれ撮っているうちに、「ああ、この人は患者ではなくスタッフだった」と分かったなんてこともありました(笑)。 質問:奥様が監督の映画作りにかかわるのは初めてですか? 想田監督:妻はダンサーで振付家なので、私の学生映画のときには必ずダンサーとして出ていたんですが、いわゆるスタッフとして関わったのは初めてです。 でも、カメラの使い方などはまったく知らなくて、いわゆる技術スタッフとは違います。なぜ彼女にいてもらったかというと、彼女の母のつながりで「こらーる」と知り合いました(義理のお母さんでいらっしゃる柏木廣子さんは高齢者や障害者の在宅支援をするNPO法人・喫茶去の代表をされています)。妻は患者さんの前で踊りを披露したこともあったりして、知り合いの方が多かったんです。彼女がいるだけで場が和らぎ、撮影の雰囲気がよくなるんです。 ただ、患者さんの大変な話を聞いているうちに、彼女の調子がどんどん悪くなっていって...。私はカメラを回しているので、角度やピントのことを考えたり、話を半分くらいしか聞いていません。面白い話が出たら「ああ、いい話が聞けた」と思うわけです。 ところが、妻の方は100パーセント聞いてしまうんです。私のように守ってくれるカメラはありません。最後には自分が患者さんとまったく同じ経験をしているかのように思い始めて、ぼろぼろ泣き出しました。もうだめ、一生こんなふうに私も苦しんでいくのではないかと言っていました。 とうとう彼女は山本先生にアポを入れました。夫としてはすごく心配なのですが、その一方で映画作家としては「面白いな」と思いました(笑)。だから彼女が診療室に入っていったときも、私もカメラを持って入りました。そうしたら「私の許可も取らないで何やってんの!あなたの悪口を言うんだから、出て行って」と怒鳴られました。で、仕方なくさっさと退散したんです。 でも今はすっかりよくなっています。そして彼女も「あのとき撮っていれば、映画のハイライトになったんじゃないの?」なんて言ってます(笑)。 質問: 精神ケアに関わっている人たちからの反応はいかがでしたか? 想田監督:どこで見せても、まず患者さんからの反応が強いんです。「良くぞやってくれた」と。同じように疾患を抱えている方が、堂々と顔を出して自分の人生を語っていることに、勇気づけられるんだと思います。プサン映画祭で最初に上映したときもそうでした。患者さんが見たあとに、私のところにきて、泣きながら「ありがとう」と言ってくれました。最初は私の方がすごく驚かされました。 というのは、いくら善意があっても私が患者さんを人目にさらすことについて疑問を投げかける人もいると思います。「不道徳だ、倫理的ではない」という意見もあるでしょう。そんな時、自分も加害者になるのではないかという気持ちがとても強くありました。だから精神疾患をかかえている方々がポジティブに反応してくれるのが意外だったし、とてもうれしかったんです。 また、医療関係者や福祉関係者が「ぜひ同僚に見せたいと思うんだが、いつDVDに出るのか?」とか「韓国ではいつ公開されるのか」とか、すごい興味を持っていただきました。どこもそうです。 質問: 国によって何か反応に違いはありましたか? 想田監督:基本的には同じです。ドイツやフランスでは「私たちの国にとっては終った話だ」というようなリアクションがくるかもと思っていましたが、どちらかというと「いや、ヨーロッパも同じだ」という反応が強かったです。 ただ、反応の熱烈さに関しては、アジアの国の方が大きかったのは事実です。台湾、香港、韓国のプサン映画祭、日本の夕張。やっぱり日本を含めたアジアでの反応は一味違いました。「自分たちの一番切実な問題だ」というような激しさを感じて、精神疾患をめぐる国の状況が似ているということなんでしょうか。また、これは私の推測ですが、出ているのが日本人なので同じアジア人としてもっと共感しやすいのかもしれません。 質問: 精神疾患の患者さんを支援するために、これから日本政府に一番してもらいたいことは何でしょうか? 想田監督:1つは、こらーる岡山が行っているようなことを決して邪魔してほしくないということです。 質問: 2006年施行の自立支援法のことですか?(この法律により、福祉サービスの利用料について、所得に応じた負担軽減措置がなくなり、原則1割負担が義務付けられました。) 想田監督:はい、そうです。こらーる岡山の山本先生に聞いてみると、おかげでものすごく不便になって、利用しにくいらしいのです。基本的なアイデアとして、自立支援法というのは赤字に苦しむ財政を何とかするために、カットするというのが先にあるわけじゃないですか。患者さんの福祉とか治療が最初から頭にないんですよ。 「自立支援法」という名前が付いていますが、そんなのはどうでもいいわけです。患者さんに対して病気のまま経済的に自立しろと脅迫しているようなものです。ものすごく使い勝手が悪くて、ユーザーである患者さんにとっては全くフレンドリーではありません。こらーる岡山にとっても、法律の施行までこれまで上手くいっていたようなことがやりにくくなっています。 本当は支援してくれと言いたいのですが、少なくとも邪魔だけはしないでほしいというのが実感なんです。 あと、今は精神病院に患者を隔離して、そこに押し込んでおけばいいという考え方が、日本の精神医療の発想の根底にあるように思います。そうではなくて、患者さんが地域で暮らしていけるようにしたいと、現場では皆が思っているし、そのコンセプトがだんだん浸透してきています。国の政策としてもそれを基本に据えていこうという流れになっています。 ただ、それに予算がつくようには制度化されていません。やっぱり予算は病院の方に付きやすいんです。医療機関というのは、入院患者がいないと経営が成り立たない仕組みになっています。だから、いくら現場の人が患者さんに地域社会に暮らしてもらってそれをサポートしたいと思っても、全部ボランティアとか、人の善意に頼るしかないのです。組織的、継続的にはなかなか難しいと思います。 だから、こらーる岡山も地域での医療を追求していますが、山本先生は月10万円ぐらいの給料で、ボランティア精神で何とかやっています。国としては経済的にも支援すべきだと思います。 今の福祉の現場というのは、大体年金生活者だけが関わっているようになっています。年金がなければ、そこで働いても生活ができるほど収入がもらえないからです。1人暮らしの独身の人が大学を出たばかりで働くにはまだいいかもしれません。しかし、子供ができれば難しい。パラドックスですよね。年金生活者は基本的にお年寄りのわけですから、むしろサービスが必要な人たちです。しかし、彼らが主力となってサービスを提供しているんです。 質問: 映画の中で最も印象に残った患者さんは、長い間周りから理解されず、八方塞がりの中で悲劇を起こしてしまう母親です。その人の撮影について聞かせていただけますか? 想田監督:どの患者さんに対してもそうですが、私はあらかじめその人はどういう疾患を患っていて、どんなストーリーがあるかを知らずにカメラを回しました。そのお母さんについてもそうでした。撮影した日は、その方がちょうどショート・ステイの施設に泊まり、撮影してもいいよとのことで行ったのです。彼女を追いかければ、施設の仕組みが紹介できるのではないか、という軽い気持ちで行きました。ところがいろいろ話をしていたら、大変辛い過去を背負っていたことが分かりました。 撮影したときには、こんな話を映画に入れても大丈夫かなとすごく心配になりました。映画作家としては「ものすごい話を聞けた、このシーンはとても重要だ」と思いつつも、彼女の口ぶりからすると、あまりこの話をほかの人にしていないようです。でもたぶんそのことを言いたくて、私に話してしまったんだと思うのです。 実際、編集室ですごく悩みました。マスコミが彼女の行為の成り行きだけを書いたら、大抵の場合彼女の行為は悪、鬼母のように扱われる可能性があります。世間的にもその可能性があり、彼女を攻撃する人が出てくるかもしれません。それに対して私にその責任がもてるかどうかすごく悩んだわけです。 ただ考えているうちに、彼女の苦しみの核心にあの出来事はあると思いました。彼女のことを描くためにはどうしてもあの出来事について触れざるをえない。それができないくらいなら、この映画をどうして撮るんだろうとまで思いました。 また、入れるかどうかだけじゃなく、どういうふうに入れるかを考えました。例えば、いわゆる最もセンセーショナルな部分を取り上げ都合よく使ってしまったら、それはとんでもない罪になります。彼女の話を聞きながら、「自分も同じような状況に置かれたら、同じことを絶対やらなかったとは思えない」と、私はすごく感情移入しました。 だれも助けてくれない中で起きた悲しい出来事です。映画を見る人たちもそれを分かるように全体の文脈を残せれば、私なりの責任を果たしたことになるのではないかと思いました。そのために、彼女の母親と夫との確執や、医者に見離されたこと、そして彼女はそれについて今どう思っているか、全部で16分以上を入れました。なるべくカットせずに。 11月に、映画に出てくれた患者さんのために試写会を岡山でやりましたが、試写会の予定を発表した瞬間に皆の間にすごい動揺が広がりました。映画に出たのはいいけれど、見て耐えられるかどうか、また自分がどういうふうに描かれているだろうかと、怖くなったからです。 当日、大抵の人がきてくれましたが、私が一番心配していたあのお母さんは最初いませんでした。映画が始まってから1時間くらいたってタクシーで駆けつけてきましたが、すでに彼女のシーンは終っていました。映画が終ったあと質疑応答を行うと、彼女が皆の前で手を上げて「想田さん、あのシーンは入っていないですよね」と尋ねてきました。その調子から明らかに「入ってなければいい」と思っていることが伝わってきました。 「いや、入っています」と私が応えると、彼女は「入れちゃったんですか」。そこに落胆と怒りを感じました。「じゃぁ、皆知っているんですか?私は生きていけないじゃないですか」とおっしゃいました。私にはすごいショックで、崖っぷちに立たされたような気持ちで言葉がありませんでした。 ところがそのとき、最初のシーンに登場する患者さんが手を上げてこう言われたんです。「私はあなたとは長い付き合いですが、今まであなたの本当の苦しみが分かっていなかった。こういう形だけど、その話を聞けてよかった。私も子供を育てたし、大変な思いをしました。同じような気持ちで苦しんでいるお母さんがたくさんいるはずです。あのことを知っても、あなたに対する態度は変わらないし、これからも友だちでいたい」とおっしゃったんです。 そこから議論が始まり、本人の顔もだんだん明るくなっていきました。最後には「映画に出れて良かった」とおっしゃってくれました。その理由を聞くと、「この15年間、人に話せば全員が敵になる、だれも味方はしてくれないと思っていました。でもそうではないと初めて分かりました。そして同じことで悩んでいる人がたくさんいます。この映画に出ることによって彼らの力になることができれば、すごくうれしい」と言われました。 質問: これまでのインタビューで、想田監督はアメリカのテーマも描きたいとおっしゃっていますか、具体的には何を撮影されたいのですか? 想田監督:それは内緒です(笑)。いつも15 から 20くらいのテーマのリストがあるんです。そのリストの中で、アクセスをくれる人から作っていくんです。たまたま「選挙」と「精神」にそういうアクセスがありました。今作っている途中の平田オリザ氏と青年団のドキュメンタリーもリストにあり、たまたまアクセスをくれましたので、3番目に作ることにしました。 ある個人に焦点を当てたとしても、ある集団に当てたとしても、私の眼はいつもその背後にある社会に向きます。ですからある程度その社会を分かっていないと、私の観察映画は成り立たないのです。だから撮るとしたら、日本かアメリカですね。それ以外の国ではとても難しいと思います。 毎回、お勧めした映画の内容に沿った英語表現を紹介するコーナーですが、今回の作品は内容的にそれに適切ではないと判断したので、今回はございません。ご理解いただけるようお願い申し上げます。
(2009年5月29日 読売新聞)
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