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さくらももこの世界

まる子の事件簿

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”プロ野球開幕!!”の巻

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(C)さくらプロダクション コミック文庫ちびまる子ちゃん6巻(集英社)

 かつて、まだテレビのチャンネル主導権が「父親」にあった頃、「プロ野球開幕」という話題は子どもたち、特に女の子にとって憂うつなシーズンの始まりであった。

 なぜなら、野球中継の間、ずっとチャンネルは父親に奪われ、見たい番組も見れず。おまけに父親が応援している球団が負けようものなら、そのとばっちりは家族に向けられるというお決まりのコースが毎晩のように待ち受けていたから。巨人の大ファンである父親をもつまる子ちゃんも、その被害を受けた子どものひとりであった。

 「さ〜野球だ野球だア。ビールと野球でこの世はバラ色〜」と浮かれながら刑事コロンボを見ていたまる子ちゃんの前に現われた父。あと10分というコロンボの結末を待たずして、非情にもチャンネルを野球中継に切り替えた父に「おとうさんのブータレ」と悪態をつくまる子ちゃん。今のようにビデオもDVDも普及していなかったこの頃、まる子ちゃんと同じ気持ちでいた小学生は大勢いたに違いない。それもそのはず、ちょうど子どもたちが見たい番組の放送時間と野球中継の時間が見事に重なっていたゆえ、刑事コロンボも、欽ドンも、見ることが叶わなかった子どもたちは多かったのである。

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巨人入りが内定した早実・王貞治選手
1958年9月3日付読売新聞朝刊

 まる子ちゃんが小学生の頃、巨人のヒーローは王貞治であり、後楽園球場で巨人戦を観るということは、野球ファンにとって憧れであった。そして、枝豆をつまみ、ビールを飲みながら、家で野球観戦をすることがサラリーマンの至福のひとときでもあった。一方で、野球中継に一喜一憂する父親を横目で見ながら「今日も無事に巨人が勝ってくれますように」と秘かに祈る家族も多かった。というのも、応援しているチームが苦境にたたされようものなら、「くそオ 1点追加のチャンスだったのにっ」とまる子ちゃんのお父さんのようにたちまち機嫌が悪くなる父親が多かったからである。そう、まさにこの頃は野球が全盛の時代であった。

〜長嶋巨人Vで野球人気復活〜

 時は流れ、世はいつしかサッカーのJリーグなど他のスポーツにおされ、プロ野球に陰りが…と言われたのが1993年。ところが、翌年はまるで様相が変わった。というのもセ・リーグで史上初の同率最終日決戦が行われるなど、ドラマチックな展開が随所で見られたからである。野球が再び人気を取り戻し、大きくファンをわかせたのは、「長嶋巨人」であった。

 長嶋茂雄監督は、日本のプロ野球史上初めて導入されたフリーエージェント制度を利用し、落合博満を獲得、不動の4番にすえた。この結果、「落合効果」が生まれ、なんと4年ぶりのリーグ優勝、そして5年ぶりの日本一を獲得したのであった。リーグ優勝は巨人ファンを舞い上がらせた最大のニュースであったが、それよりドラマチックな展開を見せたのが、巨人ー西武の対戦となった日本シリーズ。戦前の予想は「西武有利」で、予想通り第1戦は西武が11−0で圧勝。その後、第2戦、第3戦、第5戦と巨人が勝ち、迎えた第6戦で、槙原が完投勝利をおさめ、シリーズのMVPに輝いた。長嶋巨人Vによって、一気に野球人気は復活したのであった。

 そして、2005年。今やテレビという存在が当たり前になり、一家に一台から一家に2台、3台の時代に。さらに録画機能もビデオからDVDへ進化。裏番組だって当たり前に録画できる便利な世の中になった。おかげで、子どもたちはオヤジが野球中継に釘づけになろうがまったく無視。それぞれが見たい番組を自由に楽しめるようになったが、それは、父親の威厳が失われる前兆でもあった。さらにこれを裏付けるかのように野球ブームも低迷。「ヒーローがいないから」「球団自体に問題がある」などなどさまざまな説が囁かれているが、94年のようなドラマチックな展開が再び訪れることはないのだろうか。野球ファンのひとりとしては、「野球が最高の娯楽」という時代がもう一度訪れることを祈るばかりだ。

2005年10月5日  読売新聞)
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