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【名作探訪】「丹後物狂」 天橋立(京都府)

文殊の寺に「教育パパ」の涙

花松が預けられた成相寺(京都府宮津市で)=川崎公太撮影

 栄華を極めた室町幕府3代将軍、足利義満は生涯に6度、天橋立を訪れている。後に日本三景の一つとされる絶景だけでなく、日本三文殊で知られる智恩寺参詣も旅の大きな目的だった。

 京都・室町の「花の御所」から100キロの道のり。義満は「具体的記述はないが、常識的に考えれば輿(こし)で、通常は往復7日かかった」と、日本中世史の桜井英治・東京大准教授。今なら車で2時間あまり。特急でJR京都駅から2時間ほどだ。

 京都市内は晴天だったのに、山陰線を行く特急「はしだて」が丹波山地にかかると周囲は雪景色に。冬の日本海に面する天橋立もみぞれが降っていた。

 北近畿タンゴ鉄道・天橋立駅そばの智恩寺境内は観光客でにぎわっていた。萩原■士(こうし)住職(80)が「夏は海水浴の方もいらっしゃるから、もっと多い」と、にこやかに迎えてくれた。

 天橋立をはさむ対岸「白糸の浜」に住んだ「丹後物狂」の主人公・岩井某は、智恩寺の文殊菩薩(ぼさつ)に願掛けしてさずかった息子の花松を成相寺(なりあいじ)に預ける。ところが勉学に励んでいたはずが、実は簓八撥(ささらやつばち)という遊芸を覚え、それも「一段と御器用」と聞いて息子を叱りつけ、ついに勘当してしまう。

 「岩井は二日酔いで分別を失っていたと思う。悲観した花松が入水自殺したと知り、物狂いとなって他国を放浪する」と萩原住職。

 地元では5年前、天橋立「能・丹後物狂」実行委員会を結成。2年かけて物語の舞台である智恩寺での上演にこぎ着ける。勉強会や、能楽研究者を招いてのシンポジウムを開いたので、内容についても詳しい。

 成相寺は天橋立を見下ろす成相山にあって今回、雪でもケーブルカーとバスで簡単に登れたが、室町時代には隔絶した場所だったはず。「場所の選定といい具体的な描写といい、この地を訪れた者にしか書けない」

 原作は井阿弥(せいあみ)だが、それを改作した世阿弥が義満に同行していたのだろう。

 花松が身投げした涙ヶ磯は智恩寺の南500メートル。牛の背ほどの「身投石」があり、向かいのガソリンスタンド、三洋商事天橋立給油所副所長の小牧泰人さん(37)によれば「夏になると燃料を買うため水上バイクが接岸するが、花を供えたり、おさい銭を置く人もいる」という。

 死んだと思われた花松は筑紫の船に助けられる。実際、中世は九州や東北と結ぶ水運が盛んで、雪舟の水墨画「天橋立図」でも帆船が宮津湾内を行き交う。

 筑紫の彦山で修行後、丹後に戻り、智恩寺で説法する花松の前に父親が現れ、涙の再会を果たす。

 2009年10月、智恩寺文殊堂前の仮設舞台での上演は、観世清和さん(52)のシテで、子方は息子の三郎太さん(12)が勤めた。「演技の時は親子の感情を捨てないといけないのだが、今に通じる教育パパと息子の人情話、二人が巡り合って抱きつくシーンで心の中がジーンとなった」

 そのラストシーン――

 <これも思へば橋立の、大聖文殊の利生なり、大聖文殊の利生なり>

 その時、堂内の文殊菩薩にサッと照明が当たり、客席に「目にハンカチを押し当てる人が見え、すすり泣く声も聞かれた」という。

 中世の物語が現実味を帯びて目の前に迫ったのだ。

 大阪本社地方部 森恭彦

■=コウ、漢字は景におおがい

天橋立
 京都府宮津市江尻から延びる長さ約3・2キロ、幅20〜170メートルの砂州。大天橋と江戸時代に形成された小天橋がある。背後の成相山に成相寺、また大天橋の先の対岸に智恩寺がある。松島、宮島とともに日本三景。成相山の傘松公園などから頭を下に股のぞきすると天に架かる橋に見える。
丹後物狂
 世阿弥が得意とした能で、伝書で最も多く引用している。丹後の国人領主、岩井某が願を掛けて男子を得るが、勉強を怠けたと勘違いして勘当。息子、花松は入水し、子を失った岩井某も物狂いとなる。度々上演されたが江戸時代、武士が狂うストーリーが嫌われ廃曲。1986年復曲上演。
2012年1月27日  読売新聞)

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