落語界の水先案内人にフジ系情報番組「どーも☆キニナル!」で司会 林家 正蔵(はやしやしょうぞう)7歳から、ドラマやバラエティーなど、本業の落語とは別の舞台であるテレビで活躍してきた。生放送の情報番組の司会は、今回が初めてだ。 美容、健康、お金、レジャーなど、気になる題材を深く掘り下げた日替わり特集のほか、料理や通販なども盛り込む。9月末からフジテレビ系で始まった平日午前の「どーも☆キニナル!」(前9・55)は、さまざまなコーナーが目まぐるしく変わる。 「最初は不安の方が勝っていました」。これまで取材される側だったが、今度は聞き役やコメントする側になった。当初、目線がカメラに向いていなかったり、うまくコメントできなかったりした。「背筋を伸ばして、きちんと!」と、放送を見た娘に注意されたこともあったという。 今まで、自分の出演した番組を繰り返し見ることはなかったが、この番組は2、3回は見直すという。「言葉や表情、対処の仕方など日々、自分の気になるところを見つけています」 ◎
積極的にテレビの仕事を引き受けてきたのは、父・林家三平の影響だ。数多くの番組に出演してきた三平は家に帰らない日も多く、「テレビが父と会える場所だった」。 自宅では、父が出演する時、家族や弟子が集まり、茶の間で正座しながら見た。聞き慣れたネタのはずなのに、何度でも笑えた。「ブラウン管に映る父が、かっこよかった」。そんな姿にあこがれ、テレビに出演するようになった。 三平は、昭和40年代、同じフジ系の情報番組「タワー・プレゼント」の司会を務めていた。「どーも☆キニナル!」の司会を引き受けた時、「同じ生放送の情報番組だったので、あこがれの父に一歩近づいたような気がして、とてもうれしかった」という。 ◎
「落語界の水先案内人たれ」 テレビに頻繁に出ていた頃の父の日記につづられていた言葉が忘れられない。落語に興味を持ってくれる人を増やすため、「宣伝隊長になる」という決意を知り、テレビに出演する意味を再確認した。 林家正蔵を襲名する前、落語ファンから「テレビにばかり出ているが、落語家としてはどうなんだ」と、厳しい意見もあった。正蔵は江戸時代から続く名跡だけに、期待の声の裏返しだった。 その時も考えは変えなかった。「テレビに出て顔を売ることで、落語に無縁だった人の足を寄席に向けられればいい。そうすれば、いろいろな落語家の芸を多くの人に見てもらえる」 「落語界の水先案内人」として、全力を注ぐ覚悟でいる。(森田睦) (2008年11月17日 読売新聞)
|
|
| ▲この画面の上へ |
|
会社案内|
サイトポリシー|
個人情報|
著作権|
リンクポリシー|
お問い合わせ| YOMIURI ONLINE広告ガイド| 新聞広告ガイド| 気流・時事川柳(東京本社版)への投稿| 見出し、記事、写真の無断転載を禁じます Copyright © The Yomiuri Shimbun. |