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第13回 朝青龍さん

 シンガー・ソングライターの松任谷由実さんと、各界の大物が対談する「yumiyoriな話」。今月のゲストは、横綱・朝青龍さんです。これまでも相手の懐に飛び込み、意表をつく質問をぶつけてきたユーミンさん。今回も横綱とがっぷり四つです。(構成・田中誠)

だいぶ円くなった

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名古屋市中区の「鯛めし楼」で

 松任谷(以下M) 初めて日本に来た時、関西空港で持ってきた約2万円をほとんど使い切っちゃったというエピソードがありますね。

 朝青龍(以下A) あまりにもおいしいアイスクリームがありまして。だって、お金の使い方分からないもん。その後、ちょっと苦労したけどね。ずっと1円でも10円でも貯金してたんです。

 M アルバイトしてたんですか。

 A いや。でも、小遣いくれた人もいるし、10円とか大事にしない子がいるじゃないですか。それを拾ったり。国際電話するのが惜しかったからね。100円で45秒かな。今も公衆電話を見ると思い出すんです。

 M ホームシックになったこともある?

 A ありますよ。日本に来て10日目。飲み水も着る物も違うし、特に相撲ははだしでやるしね。

 M モンゴル相撲には土俵も立ち合いもないですからね。相撲は世界最強の格闘技という話もありますね。普通、立ち合いで首の骨を折って死んじゃうって。

 A まあ、そのあたりはね。相撲界から格闘技に行って負ける人多いから。

 M 総合格闘技に行く気はないでしょう?

 A それはありえない。なんでそう思ったんですか。

 M 逆にないだろうなって。品格のことを言われた時期がありましたが、モンゴルには同じような言葉はあるんですか。

 A ありますけどね。日本みたいにしつこくない。何でもかんでも追いかけて、関係ないところから話題を作られると、嫌になりますよ。

 M ヒール(悪役)のキャラクターにされた時は、やっぱりいい感じはしなかったですか。

 A ヒールってモンゴルにはないんですよね。強い者が愛される。

 M 私はバッシングされてから、朝青龍さんのこと好きになったな。「強いんだからいいじゃん」って。

 A だいぶ円くなったけどね。うちの床山さんが「昔は角がいっぱいありました」って。やっぱり勝負師はね、戦う気持ち、鬼になってという気持ちでないと、勝っても面白くない。

 M すごいプレッシャーだと思うわ。音楽の世界って、スポーツに比べたら全然プレッシャーのかかり方が手ぬるいと思うんです。

 A いや、土俵とステージは同じと思いますよ。1対1だからね。ユーミンさんいい声出して頑張って、僕はいい相撲を取る。

 M でも、命にかかわることではないから。逆に、つらいなと思うところは、引退がないこと。ショービジネスの世界では、引退したくない人に限って「引退」を口走るんだけど。スポーツは必ずある。


 朝青龍明徳(あさしょうりゅう・あきのり) 1980年生まれ。モンゴル・ウランバートル出身。本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ。16歳で高知・明徳義塾高校に留学。99年に初土俵、2003年、横綱に昇進した。優勝回数23回は歴代4位。高砂部屋所属。

 A 体がボロボロになってね。

 M 横綱になったら後は引退しかないんだもんね。バカな質問なんですけど、ずっと大関でいた方が経済的には得って話があるじゃないですか。

 A 自分はハングリー精神もありましてね、横綱にならないと気持ちが腹いっぱいにならないと思った。大きな山を先に見るんじゃなくて、足元の石を見てコツコツ頑張っていくんですけども、「もうちょっと頑張れば横綱だった」と言いたくもないしね。

 M 私、(元大関の)栃東と仲良しなんですけど、いつも朝青龍さんに昇進を阻まれてた。張り手をされて、血だらけにされて。でも、入幕した頃って意外に相性が……。

 A 悪かったですよ。栃東強いよ、強かった。ファンはどう思っているか分からないけど、自分は余裕がない力士なんです。これは簡単に勝てるという相手は一切ない。それは体が……。

 M 184センチ。そんなに大型じゃない。

 A 土俵に上がって最初に体をたたくのは、ただのパフォーマンスじゃないんです。意識を高める。俺はお前より強いんだって。自分自身に勝たないと、相手の力士に勝てることは絶対ないからね。命を懸けるぐらいの気持ちでやってる。

 M ポーズとして決まってるなあと思いますよ。憎らしいほど強かったという時よりも、今会う方が貴重だと思うんです。「余裕がない」って気持ち、分かる気がする。ほかの職業でも誰でもそういう波はある。子供の頃から身体能力が高かったんですか。

 A 小学校6年、中学校1年ぐらいで、勉強で飯は食えない、この体を鍛えて、飯を食おうと思った。バスケもサッカーもやってたけど、マイケル・ジョーダンにはなれないと思って、やっぱり相撲だと。判断は良かったと思うけどね。

よみがえった相撲


 松任谷由実さん

 M モンゴルの子供たちの支援もしていますね。いつ頃から活動しているんですか。

 A 横綱になってからですね。29日に両国国技館で「朝青龍杯」っていうわんぱく相撲をやるんです。モンゴルから子供を5人連れて来て、日本の子供たちと対戦させる。6月に帰国して代表を選ぶ大会をやったけど、子供ってかわいいね、素直で。負けたら泣くんですよ。モンゴルと日本の子供たちがコミュニケーションするのが僕の一つの夢。自分なりの役割を果たしていると思うんですね。

 M 今の相撲界で気になっていることはありますか。

 A ナンバー3までモンゴル人が引っ張ってるからね。強い日本人に早く上がって来てほしい。僕がやってみたい力士は、(元横綱の)千代の富士さん。「かかってこい」っていう感じが好きなんです。投げられても気持ちいいと思う。

 M いいねえ。朝青龍さんは、けいこ嫌いとか報道されちゃったりするけど、大げさに書かれるのも人気の一つ。実際、相撲界を生き返らせたと思うし。

 A いえいえ。(左腕を曲げながら)まだ痛いの。治らないんだよ。でも、ユーミンさんが好きな栃東、これでかち上げてぶっ倒したこともあるけどね。「この野郎!」と思ったでしょ。

 M うん、思った。思ったけど、それが勝負の世界だしね。今となっては、自分の仲良しのお相撲さんを負かした人が、強くあってほしいと思う。

(写真・加藤学撮影)

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2009年8月7日  読売新聞)
プロフィル
松任谷由実  (まつとうや・ゆみ)
シンガー・ソングライター。1972年デビュー。
「卒業写真」など、長年愛され続ける曲を世に送り出す。90年のアルバム「天国のドア」は、日本人初の200万枚超えの売り上げを記録した。
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