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【核の脅威】[第3部] 日本の抑止力(3)非核3原則 見直し論・・・

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2003年3月、佐世保港に入港した米原潜ホノルル

 「『3』は実態に合わない。『2』か『2・5』にすれば、米国の『核の傘』はより有効に働く」

 京大の中西輝政教授(国際政治)は、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則のうち、第3項の見直しを主張する。米国の核の「持ち込み」を認めることにより、「目に見える」形で抑止力を強化するという発想である。

 この案の眼目は、日米同盟を堅持する点だ。冷戦時代の欧州の中距離核ミサイルを念頭に置いている。

 米国は1970〜80年代、ソ連の西欧向け「SS20」(最大射程5000キロ)の配備に対抗し、西独に「パーシング2」(同1800キロ)を配備した。核戦力の均衡を図ることで西欧の抑止力を確保し、ソ連を軍縮に歩み寄らせた。

 中西氏は、パーシング2をモデルとして「日本国内に日本防衛専用の米国の核を配備したうえ、米国と“核の発射ボタン”を共有し、日米共同運用の核システムを持つべきだ」と説く。

 北大西洋条約機構(NATO)は現在、米国の核の一部を“共有”している。

 米国の核兵器約480発は英国、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの6か国に配備され、米軍が単独で管理している。ただ、使用する際、米軍機が運ぶのは300発で、残る180発はNATO加盟国に割り当てる仕組みだ。

 NATO関係者は先月、日本の防衛長官経験者に核共有の意義を力説した。

 「米国だけでなく、欧州側も実際に核戦力を担うことが同盟を強固にする」

 NATOは2001年の米同時テロの後、集団的自衛権を初めて行使し、アフガニスタン攻撃に参戦した。防衛長官経験者は「集団的自衛権の問題がクリアされない限り、米国は、日本の核ボタン共有を認めないだろう」と語る。

 中西氏は、その場合の「次善の策」として、米軍の核搭載原潜の日本寄港を容認することを提案している。日本の陸上に核を配備しないことから、「非核2・5原則」とも呼ばれる。

 ただ、米軍は、核兵器の所在について「肯定も否定もしない」のが原則だ。日本に寄港した原潜への潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載の有無を明示することはあり得ない。

 それでも、対外的には今よりも“不気味な抑止力”に映る可能性がある。

 久間防衛長官(当時)は昨年11月、「日本をかすめるような形で(核搭載の米国)潜水艦が動けば、持ち込みにならない。かすめながら核抑止力を働かせるという知恵を出せばいい」と発言した。

 久間氏は、その真意について「どこにどんな核があるか、対外的にあいまいさを残すことが抑止力」と説明する。発言は、核の領海通過を容認したとも解されたが、英政府筋は「抑止理論を理解した、勇気ある発言だ」と評価した。

 米国は、核持ち込みについて基本的に否定的だ。マイケル・オハンロン米ブルッキングス研究所上級研究員は「米国は、日本国内の不必要な騒動は避けたい。北朝鮮の対応次第で事態が悪化すれば、あいまいな形で核を持ち込む選択肢は検討できるが、今は、そんな必然性はない」と語る。

 国内の反核感情を踏まえれば、現時点で非核三原則見直しのハードルは高い。しかし、「北朝鮮の核の脅威という現実を直視するなら、日本にはどんな核抑止力が可能か、冷静で幅広い検討が必要だ」との声が防衛関係者の間で出ている。

「軍事転用」疑念 どう反論

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国際原子力機関の査察対象になっている使用済み核燃料貯蔵プール(昨年3月、青森県六ヶ所村)

 数台のビデオカメラが、強固なコンクリートで四方を囲まれた建屋内の巨大な貯水槽を監視する。深さ12メートルの水槽には、使用済み核燃料棒を格納した容器約9000体、計2000トン以上が貯蔵されている。

 これは、青森県六ヶ所村にある日本原燃の再処理工場の1施設である。

 再処理工場は、今年11月に営業運転を開始する。原発の燃料に再利用するプルトニウムとウランを回収する施設だ。同じ敷地内にはウラン濃縮工場もある。監視カメラは、核燃料の軍事目的への転用を防ぐため、国際原子力機関(IAEA)が設置した。

 再処理工場では既に、IAEAの査察官が3交代で24時間監視している。常時1、2人がパソコンやモニターでプルトニウムの量の変化などに目を光らせる。

 欧州でIAEAの査察官を14年間務めた核物質管理センターの堀野浩一・六ヶ所保障措置センター検査部次長は、「日本は、核物質の計量管理機器や測定技術の開発に協力してきた。日本ほど査察に前向きな国はない」と胸を張る。

 しかし、日本が「IAEAの優等生」という現在の評価を得るまでの道のりは、平坦(へいたん)ではなかった。

 米国は、日本に大量のウラン燃料を供給し、日本の原子力の生殺与奪権を握る。その米国こそ、日本の核保有を最も警戒してきた。

 核の不拡散に熱心なカーター米大統領は就任直後の1977年4月、自国内での再処理中止を表明したうえ、日米原子力協定をテコに、日本にも同調するよう露骨に圧力を加えた。茨城県東海村で稼働目前だった日本初の再処理工場の試運転に、待ったをかけたのだ。

 「日本が、核保有の選択肢の放棄をめぐる国内論議のため、核拡散防止条約(NPT)の署名(70年)から批准まで6年もかけた経緯があり、米国は日本の核への野心を疑っていた」

 当時、半年間に及ぶ厳しい対米交渉を担当した金子熊夫・元外務省原子力課長は、こう振り返る。

 結局、日本はプルトニウムを単体でなく、ウランと混合して抽出する新技術の開発を条件に、再処理に関する米国の同意を得た。その技術開発が、軍事転用の防止策の一つとなった。

 IAEAは2004年以降、日本への査察を軽減している。平和利用の実績を評価したためだが、今なお、日本を見る海外の視線は厳しい。

 今年1月中旬に来日した米国のジョン・ボルトン前国連大使は突然、自衛隊幹部OBに面会を求めた。

 「仮に日本が核保有する場合、一体どんな条件や手順が考えられるのか」

 日本の核保有に反対するボルトン氏は、率直な質問をぶつけた。自衛隊OBが核保有には何重もの前提条件が伴うと1時間半近く説明すると、「何だ、そういうことか」と、ほっとした様子で引き揚げたという。

 日本の核保有への懸念に的確に反論し、核保有国と対等に渡り合うには、民生用だけでなく、核兵器の知識も持つ必要がある。そう考える京大の神田啓治名誉教授(エネルギー政策)は05年2月、政府の原子力委員会の作業部会で大胆な問題提起をした。

 「核兵器の作り方を研究しろとは言いにくいが、(研究機関などに)やってもらうことは必要ではないか。日本の核不拡散への取り組みを国際的に発信するには、我々も、核兵器の知識を持たなければいけない」

 その後、神田氏の主張に賛同する原子力の専門家や官僚は徐々に増えている。

 東工大の沢田哲生助手(原子核工学)は今年2月発売の専門誌で、「核武装論に対し、原子力界の研究者や技術者は真っ当な反論をできないままでいる。今後も日本の原子力平和利用を維持していくためには、安全保障の枠組みや核爆弾の実相を理解する必要がある」と指摘した。

 原子力の分野でも、意識の変化の兆しが見え始めている。

2007年3月21日  読売新聞)

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