飽食の時代といわれる現代、何を食べるかは重要だが、どれぐらい、どう食べるかが今、注目されている。適量、あるいは少量を食べて摂取カロリーを制限すると、健康によいこともわかってきた。ある食習慣を100年近く続け、今も教育分野で現役で活躍する「健康老人」を取材した。
「一口30回」が長寿の秘訣

しっかりかむ食事法を100年近く続けている昇地さん=吉川綾美撮影
「一口30回かむのはもう習慣。僕は羊羹(ようかん)でも30回かむんだ。よくかめば味が出る。虎屋の羊羹なのか、丁稚(でっち)羊羹なのか、30回かめばすぐわかるよ」――。そう言って破顔一笑、茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。
福岡市の社会福祉法人「しいのみ学園」園長、昇地(しょうち)三郎さんは、今年102歳。自らを「百二歳児」と呼ぶ通り、子供のような好奇心とエネルギーを今も維持し、世界中で障害児教育や幼児教育に関する講演を続けている。
「99歳までは助走、100歳からが本番」をモットーとする元気の秘密とは? 昇地さんの答えは、1)60年間続ける冷水摩擦 2)20年間欠かさない棒体操、そして 3)「一口30回かむ」食習慣なのだという。
かむ回数は成人平均の2倍以上

「教師には笑顔が必要」がモットー。食事も笑顔で=吉川綾美撮影
取材したのは、40日間12か国にわたる講演旅行から帰国した翌日、滞在先の東京のホテルでだった。だが長旅の疲れも見せず、昇地さんはホテルの部屋で、久しぶりの和食を静かに食べていた。
1回に口に入れるご飯やおかずの量はごく少ないが、口に入れた後、モグモグと実にたんねんにかむ。試しに数えてみると、カマボコを飲み込むまでに45回、柔らかな半熟卵も30回かんでいた。一度、咀しゃく計を使って測定したところ、朝1200回、昼1000回、夜1600回の計3800回もかんでいたという。これは、成人の平均咀しゃく回数の2倍以上だ。
「僕はほおでも味わうんだ」という昇地さん、下アゴを動かす咬筋(こうきん)が発達しているのか、確かにほおに張りとつやがある。「教師には笑顔が必要」というモットー通り、自らの笑顔にも、かむことが一役かっているのかも知れない。
母の教え99年間守り、健康老人に

自ら考案した棒体操の決めのポーズ
昇地さんは北海道・釧路市で生まれた。生後半年で牛乳の中毒を起こし、虚弱体質となったため、心配した母親が、「あなたは一口食べるたびに、30回かみなさい」と厳しくしつけたという。そのため、昇地さんが覚えている母の最初のイメージは、「30回かめ、30回かめ」と繰り返す姿だという。
3歳ごろにはその食習慣が定着し、今に至る。「僕は母の教えを99年守ったおかげで、世界一の健康老人になれたんだ」と感謝を込めて語る。
「一口分が小さいし、よくかむので食事も遅い。僕が一生で食べる量は、ふつうの人の半分でしょう」という昇地さん。好き嫌いはなく、海外で肉料理が続いても負担ではないというが、「少量をよくかんで」という食習慣は変えないという。
「食の格差」で取材した三浦俊彦さんを念頭に、「サプリメントは飲まないんですか?」とたずねてみた。すると、「『わかもと』以外は特に飲まないね。何を食べるかではなく、いかに食べるかが最も重要」との返答。「僕の食習慣は、目的学ではなくメソドロジー・方法学なんだ」と強調した。
よくかむことは、消化に良いだけでなく、脳の満腹中枢が刺激されて少量の食事でも満足でき、摂取カロリーが低くなる。こうした食事は最近、老化防止に及ぼす効果があるとして注目されている。また、脳の働きを活発にしたり、ストレス軽減にも効果的だとされる。
自ら考案の棒体操で1日がスタート

パーティーの余興で黒田節を踊る昇地さん。拍手喝采を浴びた
昇地さんが続ける健康習慣はほかにも、毎朝水に濡らしたタオルで体をふく冷水摩擦と、自ら考案した棒体操がある。棒体操には、ラップフィルムの芯にビー玉などを入れ、赤・黄・青の3色に塗った手作りの「やる気棒」を使う。全身をゆるやかに動かしたり、指先で棒を回したり、投げ上げて取ったりと、高齢者に配慮した動きが組み合わされている。
「寝たきりでも、腕の運動から少しずつできる上、棒から出る音が脳を刺激する」といい、こちらも1日の始まりに欠かせないという。
「人は余興を持たなくてはならない」も持論。取材した日の夕方、出版社の記念パーティーに招かれ、「黒田節」の舞を披露した。司会が「先生は世界一周講演旅行から昨日帰国したばかり」と紹介すると、会場からどよめきと喝采が起きた。
充実した人生を送る昇地さんだが、実は「僕は意志が弱い人間。でも意地っ張りだから、冷水摩擦も『どうせ三日坊主』と家内から言われ、悔しくて続けた」とも。「人生は自分自身との戦い。ファイト、スピリッツを失ったらおしまいだよ」と、100歳からの本番人生を疾走する気迫を、最後に感じさせてくれた。(メディア戦略局IT事業部・松井正)
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