凍土融解 メタンの脅威氷点下40度。湖を覆った氷にナイフを突き刺すと、メタンガスが音をたてて噴き出す。マッチの火を近づけると、2メートル近い炎が立ち上った。極東ロシアを流れ、北極海に注ぐ大河コリマ。その河口近くにある町チェルスキーで“異変”が起きている。 厳冬の太陽は1日3時間だけ、地平線近くから大地を照らす。高台から見下ろすと、カラマツの疎林のあちこちに凍土の融解でできた白い湖面が点在していた。この町にあるロシア科学アカデミー北東科学観測所によると、最近5年間の夏(6〜8月)の平均気温は、1980年代より2度高くなり、昨夏は過去最高の13・7度を記録した。その影響で深さ40メートルの分厚い永久凍土が解け、湖が次々と出現しているのだ。 凍土層がむき出しになった湖岸の崩壊速度は年間最大10メートル。湖の面積は10年間で15%拡大した。「衛星写真で見ると、湖は凍土に押し当てられたアイロンの跡のようだ」。セルゲイ・ジーモフ所長(50)が真剣な表情で話す。 ◆温暖化を促進 永久凍土には、死んだ植物が分解される時に作られたメタンが大量に蓄積されている。凍土が解けるとそれが放出される。湖が拡大すれば、湖底に崩れ落ちた周辺植物が分解される際にもメタンが生成される。湖が結氷すると、氷の下に高濃度のメタンが閉じこめられ、春に大気への放出が再開される。 北海道大の福田正己教授の調査によると、凍土上層部に蓄積されたメタンの濃度は平均2000ppmで、大気中の1000倍も高い。シベリア全体から大気中に放出されるメタンは毎年10万トンにもなる。 メタンは二酸化炭素の23倍の温室効果を持つ気体だ。解ける永久凍土は、温暖化の結果であると同時に、それを加速する原因にもなる。日本の面積の26倍もあるシベリアの永久凍土が“時限爆弾”と指摘されるのは、このためだ。 気温上昇と降水量低下で頻発するようになった森林火災も、追い打ちをかける。火災で二酸化炭素が放出されると同時に、その吸収源が失われる。さらに凍土表面を覆う森林が失われ、むき出しになった凍土の融解が加速する。福田教授は「従来、シベリアは温室効果ガスの吸収源と考えられてきたが、もはや放出源と化している可能性がある」と警告する。 雪氷圏は、温暖化現象が真っ先に表れる「地球のアキレスけん」。米国アラスカでは、海氷の後退で波による浸食が強まり、海岸近くの住宅の移転が始まっている。ヒマラヤ山脈でも、氷河の末端が解けてできた湖が拡大。ブータンでは97年にこの氷河湖が決壊し、洪水で死者を出すなど新たな自然災害になっている。 ◆暮らしにも影響 シベリア各地で凍土の中から、絶滅したマンモスの象牙(ぞうげ)が頻々と見つかるようになった。象牙は彫刻を施され、土産物店に並ぶ。1月6日付のチェルスキーの地元紙コリムスカヤ・プラウダは「マンモスの象牙の採集は今や、金の採掘に次ぐ2番目の地場産業になった」と報じた。温暖化は、人々の暮らしを変え始めている。 ◇
巨大化するハリケーン、猛暑、極寒、豪雨、乾燥――。頻発する異常気象と地球温暖化との関連が指摘されている。21世紀に人と自然はどう向き合えば良いのか。シリーズ「よみがえれ人と地球」第1部では、まず気候変動の現場から報告する。 (2006年1月22日 読売新聞)
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