温暖化が変えたワイン産地◆本場に肉薄 美食大国フランスのワインの権威、フィリップ・フォールブラさん(45)は、試飲の瞬間の驚きを鮮明に覚えている。「これが本当に、あの英国産ワインなのか」。それは仏北部シャンパーニュ地方の発泡ワイン「シャンパン」に肉薄するできばえだった。 実績のなかった英国が近年、発泡ワインで世界品評会の上位をさらっている。なぜ「飲む芸術」と呼ばれる美酒を生み出すようになったのか。英南部、ケント州テンターデンのワイナリー(醸造所)を訪ねた。 ワイナリー経営者のフレイザー・トンプソンさん(45)によると、ここの白亜の石灰質土壌はシャンパーニュに極めて近い。そこに気温上昇が加わった。 8月の最高気温は1960年代までは平均18〜20度だったが、2000年以降は毎年21度以上に。フレイザーさんは「技術はフランスから学んできた。自然条件が同じなら、同じ品質のワインが造れるのは当然。今後5年で畑を5倍に拡張したい」と意気込む。 仏でも気温は上昇している。シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会によると、20年前まで10月初旬に行われていたブドウの収穫は、9月中旬になり、記録的猛暑だった2003年は8月下旬まで早まった。猛暑は果実の糖度を急上昇させるが、自慢の芳香は失われる。猛暑の再来を見越し、英南部でブドウ畑の確保に動く企業も相次いでいる。 米国・南オレゴン大の研究チームは「今後50年で、世界のワイン名産地の気温は平均2度上昇する」と指摘している。イタリアでは気温の上昇に対応するため、南部の品種を従来より北方で栽培しようという試みが始まっており、日本のブドウの栽培も、甲府盆地から、冷涼な長野県に移りつつある。 ◆新型保険を開発 こうした異変に、保険業界も機敏に対応する。三井住友海上火災(本社・東京)は昨年、多発する台風被害を想定した「天候デリバティブ」保険を売り出した。一定の気象変化が起きれば、その観測記録に応じて損害を補てんする仕組みだ。この冬、「日平均気温が7度を上回れば、1日当たり7万円を補てん」との契約を結んだ滋賀県米原市のシイタケ栽培会社「クォリティー」の担当者は、契約の理由を「暖冬になれば鍋物の需要が減り、シイタケの価格は4割近く下落する。そのリスクを補いたかった」と説明する。 国連食糧農業機関(FAO)は昨年5月、「北米や北欧などで穀物の農業生産が可能になり、先進国では生産量が伸びる可能性がある」との報告書を発表した。だが、「気候変動が途上国の農地を減少させ、世界の飢餓人口を増やす恐れがある」とも指摘する。乾燥に伴う水不足などによって、65の途上国では農業総生産の16%に当たる2億8000万トンの穀物生産能力を失う可能性があるという。 異変への対応に動き出した先進国の農業生産者。対照的に、十分な技術、資力を持たない途上国の農民たちは、脅威の前で立ちつくしている。気候変動は南北格差を拡大する要因にもなりかねない。 (2006年1月26日 読売新聞)
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