増える冠水に“遺産”危機◆対策立てても… 海面から突きだした朱塗りの柱の塗装が、床から40センチ上まではがれていた。推古天皇時代の6世紀に創建された世界文化遺産、広島県・宮島の厳島神社。平清盛が1168年に造営した寝殿造り社殿は満潮時、床下まで海面が迫り、緑の原生林を背に、海に浮かび上がる。平舞台の上まで冠水すると、床板がはずれて海面に浮き、柱にぶつかる。そぎ落とされた塗装は、冠水が繰り返された証拠だ。 「床板はクギで固定せず、冠水すれば自動的に外れて浮く構造。嵐の時は浮いた床板が強い波を打ち消して奥の社殿を守る。自然災害への知恵が生かされています」。同神社禰宜(ねぎ)の飯田楯明さん(66)が語るように、平安時代の設計は、冠水も織り込み済みだった。 ところが、年数回だった冠水の回数が21世紀に入り、急速に増えた。神社の記録では01年は11回、04年は21回に達し、これ以上増えれば歴史的な防災設計も追いつかなくなる。 広島港の潮位観測でこの半世紀、海面は約30センチ上昇。広島県文化財保護審議会の調査で、地盤沈下、黒潮接近、温暖化による海面上昇などが原因と指摘された。土台を継ぎ足す、沖に防潮堤を作る、コンクリート造りにする――などの対策が提案されたが、いずれも景観は台無しになる。 もう一つの世界文化遺産、ベネチアも危機にある。アドリア海の宝石と言われる運河の街の起源は、フン族の騎馬隊が入り込めない干潟に水上都市を築いた5世紀にさかのぼる。 海に面した表玄関のサンマルコ広場。冬の季節風が吹く満潮時に海面が上昇して海水が浸入、広場は池のようになる。このアックア・アルタ(高潮)は冬の風物詩でもあったが、その回数が増えている。ベネチア市の広報担当、マウリツィオ・カッリガロさん(51)は「20世紀初頭には目立った冠水は年数回だったのに、近年は年約40回に達します」と肩を落とす。 この1世紀、ベネチアの地盤は約13センチ沈下、そのうえ海面は約10センチ上昇した。地下水くみ上げの禁止で地盤沈下は止まったが、海水面上昇はじわじわと進む。水上バスで巡ると、多くの木造建築が地面から数十センチまで海水で変色、朽ち始めている。 同市はアドリア海とつながる3か所の水路に、可動式の水門を建設する「モーゼ」計画を進めるが、環境影響や効果への疑問で、賛否両論が戦わされている。 ◆上昇する平均気温 海は地球表面の7割を占め、気候に大きな役割を果たす。水深500メートルまでの海水温が1度上昇すれば水が膨張、世界の海面は10センチ上昇する。気象庁の「異常気象レポート2005」によると、海水温はこの1世紀、平均0・48度上昇、日本周辺の海面は毎年4・3ミリずつ上昇している。 国連の気候変動政府間パネル(IPCC)は01年、第3次報告書で「地球の雪氷面積は縮小、平均気温は今後も上昇し続ける」と指摘した。これを裏づけるように異変は各地で顕在化し、私たちの生活や文化を変えようとしている。来年発表の第4次報告書では、さらに厳しい警告が盛り込まれるという。地球の使い方を、私たち自身が決めなければならない時代が迫っている。(おわり) ◇
この連載は、小出重幸、藤原善晴、佐藤淳、笹沢教一、三井美奈、小野一馬、木田滋夫が担当しました。 (2006年1月28日 読売新聞)
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