(1)オランダでは一時“疎開”赤レンガの2階建て校舎から、児童たちが勢いよく飛び出してきた。午後0時半。迎えにきた母親に抱きついたり、友達とじゃれ合ったり、にぎやかな声が響く。運河が縦横に走るアムステルダムの中心部にあるクレイヌ・レーウス小学校。いつもの下校風景が戻ったのは、半年前のことだ。 すべては学校の裏手に住む母親が抱いた、「隣の変電所は安全なのかしら」という疑問に始まった。 変電所は、289人の全校児童が毎日通る玄関のすぐ東隣にある。小3の長男と小2の長女を学校に通わせる母親は兄に相談し、電磁波問題に取り組む市民団体のウェブサイトにたどり着いた。スウェーデンのカロリンスカ研究所による1992年の報告を見つけた。「送電線からの電磁波が0・3μT(マイクロ・テスラ)以上の場所では小児白血病の発症率が3・8倍に高まる」という。 周囲の保護者とともに、昨年9月、学校側に相談。これを受け、アニヤ・ホーセンス教頭(43)は、校内の電磁波の測定を専門業者に依頼した。 すると、変電所に最も近い2階の教室で0・4μT、玄関脇の遊具付近では1・6μTが計測された。学校は翌10月、変電所寄りの教室など2部屋を使っていた4年生などの児童を150メートル離れた別棟の校舎に移した。遊具も撤去された。 「親の不安を深刻に受け止め、緊急避難的に対処した」とホーセンス教頭は説明する。4年生の長男を持つ父ピム・ボウマンさん(40)も、「たとえ小さなリスクでも可能な限り避けたい、というのが子を持つ親の率直な願いだ」と話す。 その後も保護者側は学校や市、電力会社と協議を重ね、施設に遮へい設備を導入することで決着した。工事は今年5月に終了。2階の教室内で0・2μTに半減したことを確認し、児童らは7か月ぶりに元の校舎に戻った。7万ユーロ(約990万円)の工事費は市が全額負担した。 電磁波と小児白血病との関係は79年、発症率が高まる可能性を示した米の疫学調査をきっかけに注目され始めた。1073の症例を集めた最大規模の調査(英国、99年)では、「電磁波0・4μT以上で1・6倍」という結果が出ている。 オランダ政府は昨年10月、「15歳以下の子どもが長時間過ごす学校や保育園で0・4μT以上の電磁波が生じる状況は極力避けるべきだ」と地方自治体や電力会社に勧告した。アムステルダムの小学校は、勧告に基づき自治体が対応した「第一号」となった。 しかし、健康影響の有無ははっきりしない。動物実験や細胞実験では発がんが裏付けられていないうえ、疫学調査の結果に疑問を投げかける研究者もいる。 世界保健機関(WHO)は96年、「国際電磁界プロジェクト」をスタートさせた。日本を含む60か国の研究者が参加。送電線や家電製品が発する超低周波については、具体的な対策などを盛り込んだ「環境保健基準」を来春まとめる。 オランダ、スイス、イタリアなどは一足先に独自の規制を導入した。多くの国は、WHOの動向を注目している。 ◎
安全なのか。危険なのか。身の回りの電磁波の健康影響をめぐり、国内外の動きを追った。 〈電磁波〉 電気と磁気両方の性質を持つ波。太陽光や紫外線、診断や治療用のエックス線やガンマ線、電子レンジのマイクロ波、赤外線、テレビ・ラジオの電波などを含む。波長の違いにより作用が異なる。エックス線などは波長が短くて周波数(1秒間に繰り返す波の数)が高く、エネルギーが強い。送配電線などから出る超低周波や携帯電話の高周波は、長期的な健康影響が議論されている。 (2006年11月7日 読売新聞)
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