(2)ハトの方向感覚狂う?世界に根強いファンを持つハトレースで、異変が起きている。 ロンドンから西に130キロの小都市チェルテナム。レース歴60年のボブ・オートンさん(72)の庭にある小さな鳩舎(きゅうしゃ)には、空きかごが目立つ。 「今年のレースに出場した40羽のうち、無事帰ってきたのは22羽。ここにいるのは幸運にも迷子にならなかったハトたちだよ」。浮かない顔でオートンさんがつぶやいた。 ハトレースは、一定距離までハトを運んで空に放ち、帰巣本能を使って鳩舎に戻る速度を競う。かつて7〜8割だった英国のハトの帰還率は近年、5割程度に落ち込んでいる。今年9月、1000羽が参加した大規模レースの最終帰還率は33%だった。 日本でも同様の現象が起きている。今春の中距離レース(沼津〜仙台間)で、仙台南部競翔連合会の鳩舎のハトは1628羽中、約950羽しか帰らなかった。春レースには前年秋のレースで帰還したハトを出すのが習わしだが、最近は秋で全滅し、翌春に1羽も出せない鳩舎も珍しくない。 帰還率低下の理由として英国最大の愛好家組織「王立ハトレース協会」のピーター・ブライアント会長が挙げるのが、携帯電話やその基地局の電磁波だ。「迷いバトが目立って増えてきたのが10年前。ちょうど携帯電話が全英に普及した時期と重なる」。日本鳩レース協会(東京)の宮本祥男専務理事も、猛きん類の捕食を指摘しつつ、「携帯電話の普及は相当影響しているだろう」とみる。 携帯電話が発する高周波の総量は「技術的に計測困難」(WHO)。だが、総務省電波環境課は「携帯電話の基地局や人工衛星局などの無線局は昨年までの55年間で5000局から1億局に増えた。生活空間の電磁波の密度は急激に高まっている」と指摘する。 レースの最中に地震やオーロラが発生すると地球の磁場が乱れ、帰還率が落ちることはよく知られる。ハトは視覚やにおいのほか、磁気も感知して巣に戻る。慶応大の渡辺茂教授(生物心理学)は、電磁波が「ハトの方向感覚を狂わせる可能性は高い」と言う。 人体への影響はどうか。 「幼いころから高周波にさらされる若い世代への悪影響は否定できない」。英国政府から研究を委託された独立専門家グループは2000年5月、こう結論づけ、〈1〉子どもの携帯電話の使用をできるだけ抑制すること〈2〉携帯電話業界は子ども向けの宣伝を控えること――を勧告した。 高周波は体内に吸収され、熱が生じる。携帯電話を耳につけて使うと、頭部深さ1センチほどが熱くなる。総務省は1990年、健康に悪影響を及ぼさないよう電磁波の強さを一定の規制値以下に抑えるガイドラインをまとめ、02年6月に電波法の省令を改正した。 国際機関の規制値と同じこの数値以下なら安心という訳でもない。「同じ側の耳で10年間携帯電話を使った場合、聴神経腫瘍(しゅよう)の危険が増す」というスウェーデンのカロリンスカ研究所による疫学調査の結果もある。 東京女子医大の山口直人教授らが2000〜04年に行った調査では、携帯電話と聴神経腫瘍との関連は確認できなかった。同教授は、長期にわたる影響を引き続き調べる必要があるとしている。 〈携帯電話〉 自動車電話から発展した最初の携帯電話が国内で発売されたのは87年。高周波を使い、最も近い基地局を経由して通話する。混線防止のため周波数は電話会社ごとに異なる。携帯電話(PHSを含む)の今年6月の加入契約数は9763万件で、15年前に比べ70倍増。特に90年代半ばから急増し、2000年に固定電話の契約数を抜いた。米市場調査会社によると、世界の携帯電話契約者は今年末で25億人に達する見込み。 (2006年11月8日 読売新聞)
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