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    武蔵アーカイブ

    武蔵元乗組員「運命感じる」…戦後70年での発見

     フィリピンの海底で戦艦「武蔵」とみられる船体が、米国人資産家の調査で見つかったとのニュースが話題を呼んでいる。太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)10月、武蔵は米軍の攻撃を受けて沈んだが、その所在は分かっていなかった。戦後70年での発見の知らせに、元乗組員らは「何か運命的なものを感じる」と話している。

    「自分の目で確かめたい」

    • 公開された戦艦「武蔵」の一部とみられる映像
      公開された戦艦「武蔵」の一部とみられる映像

     「まさか見つかるとは。自分の目で確かめたい気持ちだ」。元乗組員の千木良(ちぎら)礼一さん(90)(神奈川県横須賀市)は6日、深海に沈む艦首などの映像を食い入るように見つめた。

     43年8月、当時18歳の千木良さんは横須賀海兵団から武蔵の乗組員になった。姉妹艦「大和」とともに「世界最大級」と言われた巨艦を見て、「まるで鉄の城。沈められることはないだろう」と思った。

     戦況が悪化した44年10月、武蔵はフィリピンのレイテ沖で米軍に一撃を加えるための作戦に駆り出された。だが、シブヤン海を航行中の同月24日午前、上空を覆うほどの数の米軍機に襲われた。「蜂の巣をつついたような大編隊だった」という。

     急降下して爆弾を落とす敵機に対し、千木良さんは機関銃の引き金を足で引きっぱなしにして応戦した。仲間が爆風で吹き飛ばされ、甲板は血だらけになった。5時間に及ぶ爆弾と魚雷の攻撃を受けて艦は90度近く傾き、同日夜に沈没。乗組員は次々と海に吸い込まれた。千木良さんは海上を約4時間漂った後、救助された。乗組員2399人のうち1000人以上が犠牲になった。

     「武蔵での時間が人生の全てだった」と話す千木良さんは、武蔵がどこに沈んだのかずっと気がかりだったという。遺品や遺骨の引き揚げに期待している。


    引き揚げ困難か 費用巨額

     船体が武蔵だと確認された場合、引き揚げることは可能なのだろうか。

     まずは所有権の確認が必要となる。沈没した軍艦は日本政府の所有物だが、終戦後に他国に権利を移転したケースもある。財務省の担当者は「武蔵の所有権は現時点では不明。戦後処理に関する法律や条約などを調べる必要がある」と話す。

     国の所有物だとしても、引き揚げには困難を伴う。元自衛官で水中探査会社社長の池田克彦さん(68)は、「海流や水圧の影響があり、かなり難しい」と指摘する。大和は1982年、水中カメラで九州南西沖の深さ350メートルの地点に沈んでいることが確認された。しかし、引き揚げに莫大(ばくだい)な費用がかかることなどから、船体はそのままにして、靴や一升瓶など一部の遺留品だけが引き揚げられている。

     武蔵発見の知らせに、フィリピン政府も調査チームを派遣する見通しだという。

    2015年03月09日 14時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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