生の体験が子供はぐくむクオリアとは橋本五郎特別編集委員 今年はどういう年になるのか。脳科学の最先端におられる茂木さんは、今の日本人や日本の社会をどうご覧になりますか。最近、出版された『それでも脳はたくらむ』(中公新書ラクレ)の中に、「モーツァルトは白魔術師」ということを書かれていましたね。「白魔術」というのは、美しい物を作り出すという積極的な目的のために使われる。逆に、恨みをはらすようなネガティブな目的に使われる魔法を「黒魔術」という。その観点で見れば、どうなりますか。 茂木健一郎さん メディアの中である人物が悪い人だというイメージが作られると、それ一辺倒になっちゃう。でも、魅力的な人物だから、そういう地位まで行ったということもあるじゃないですか。例えば、古い例で言うと、田中角栄・元首相。ロッキード事件で逮捕されたけれども、力があったし、非常に魅力的であったからあそこまで行ったことは間違いない。トータルで見ることが大事だと思う。もちろん、違法なことがあったら、正さなくちゃいけないが、それと、その人物の全体像は違うと思う。その中には必ず明るい部分もある。そういうところを積極的に見てあげるということが、これからの日本を良くするためには大切なことだと思います。 橋本 一つの側面だけで人をとらえることの危険というのは、常にあるんですね。いつも待てよと、右から見ただけじゃなくて、左からも見なければいけない。そういう視点が必要なんですよね。ところで、松任谷由実さん(ユーミン)の歌がお好きのようですね。ユーミンとの対談では、「カラオケではユーミンしばりもよくするんです。ユーミンの歌だけを延々と歌う。ユーミンの歌にはクオリアがある」と書かれていますが、茂木理論の核心の「クオリア」って何ですか。 茂木 言葉でなかなか表せない質感のことですかね。日本は四季の変化が豊かだし、日本人は感受性が強い国民だと思います。人間が生きる上でいろいろ感じるものをクオリアと言います。今、脳科学では、物質である脳からクオリアがどう生み出されるかということを解明するのが、一番重要な問題です。 橋本 論理的な思考ではなくて、もっと情緒的なものということですか。 茂木 そうなんです。論理だけで生きている人はいないですからね。何かの行動をする時に、その理由は往々にして説明できないわけですね。人間の行動を突き動かしている、根源的な衝動も含めて、クオリアというのが、生命として人間を理解する上で大事な要素になるんです。ユーミンの歌も、言葉で「ユーミンの歌はどういう感じか、話して下さい」と言われると、難しいですが、「ああ、こういう感じ」というイメージはありますよね。それを人間の脳はとらえることが出来る。例えば、この人はこういう人だと判断する時にも、クオリアを通して判断している。それが、その人の魅力のようなものになるわけですね。 人の心推し量るには教養が不可欠橋本 人間をどう見るかということと同時に、今欠けているのは基本的な知性や教養ではないかと思います。茂木さんが「お師匠さん」と呼ぶ養老孟司さんは「教養とは他人の心が分かることだ」と言っている。なかなかの名言ですね。 茂木 それは、実は脳科学の主要な研究テーマでもあるんです。いかにして人の心が分かるのか。人間のように相手の心を想像できる動物はほかにいないんですね。論理的、抽象的な思考も出来ないと、人の心を想像することは出来ないということが研究で分かってきた。犬などの動物は、その場でだれかが喜んでいれば、自分もうれしくなるとか、そういうことは出来るんです。人間は相手が本当の心を隠している時でも、それをおもんぱかることができる。 橋本 アリストテレスは「人間は社会的な動物だ」と言いましたが、茂木さんが考えるのは、頭の良さというのは他人とうまくやるということですね。非常に単純だが、それが基本という感じがしますね。 茂木 そこに始まり、そこに終わるという感じですよね。いかに人の心を推し量ることが難しいことか。ロボットじゃ出来ないんですよ。政治なんかそうですよね、切った張ったで。どうなるか分かんない。 橋本 なるほど、動物に政治は出来ないと。「生の体験は大事だ」ということも本の中で強調されていますね。養老さんも、茂木さんもチョウ好きですね。チョウを観察することによって、いろんなことが分かっていくという。ドラマチックな感じですね。 茂木 今の子どもたちがそういう経験を失っているのは、まずいと思うんです。メディアで編集された情報というのは、相手が意味を与えてくれているわけですよね。でも、生の経験は自分で意味をつかまなくちゃいけない。生の経験にはノイズだとか余計な物も入っているが、余計なことが意外と大事なんです。人間同士でも、雑談が大事だったりしますよね。お酒を飲んでいろいろ雑談すると、面白い。 橋本 そういう「ノイズ論」も、言われてみるとハッとします。 茂木 ノイズはやっぱり生命の本質。コンピューターと人間の脳の最大の違いはそこなんです。コンピューターというのはノイズを生かせないが、脳はノイズを創造的な形で生かせる。 橋本 今、教育再生会議で「教育をどうする」「制度をどうする」と議論していますが、むしろ、ノイズの大切さ、クオリア、人間だけが持っている微妙な心のひだを理解できるようにする教育の方が大切ではないですか。 茂木 そうですね。時々学校に行って生徒たちと話をするんですけど、今の子どもたちは素質としては非常にいいですよ。教育制度は巨大タンカーみたいなもので、船長が動かそうとしてもなかなか動かないですよね。ゆとり教育、総合学習といったって、なかなか動かない。だから、それぞれの人が身の回りで出来ることをやることが大事なんじゃないか。例えば、自分の子どもでも、近所の子どもでもいいけど、何かの機会にこの本読んでみろよと。ちょっとした導きをするオールジャパン体制がいいと思うんですよ。
◇ ◇ ◇ 対談の詳しい様子は1日、2日とも午前11時15分、午後4時40分、同10時10分から日テレG+で放送します。日テレG+は、e2byスカパー257ch、スカパー309ch、CATVでご覧いただけます。
(2008年1月1日 読売新聞)
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