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    「イスラム国」を巡る本紙記事

    若者はなぜイスラム国を目指すのか…池内恵氏インタビュー

     イラク、シリアで領域拡大を図って戦闘を続けているイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」。世界各地から多くの戦闘員がイスラム国に参加しているという現実に世界の注目が集まる。3万人ともいわれる兵士の約半分は世界各地からの義勇兵が占め、中には西欧・米国から加わった者もいる。なぜ世界の若者たちはイスラム国に向かうのか。イスラム政治思想の研究者である池内恵・東京大学准教授に聞いた。(聞き手・読売新聞東京本社調査研究本部研究員 時田英之)

    現実化した「グローバル・ジハード」

    • 池内恵氏
      池内恵氏

     イスラム国に外国からの戦闘員が流入しているのはなぜか。この問題を理解するためには、まずイスラム国の唱える「グローバル・ジハード」の理念や歴史を知らねばならない。

     そもそもイスラム教徒は、自らが神と一対一の関係で結ばれており、一人一人が神の命令に従って義務を果たす責任を負っていると考える。つまり、世界のどこにいても、国家や民族を超えた一つのイスラム共同体に帰属している、という意識がある。そこから、たとえ他国であっても、異教徒に支配された国があれば、自ら戦いに赴いてジハード(聖戦)で解放する義務があるという考え方が出てくる。これがグローバル・ジハードだ。

     ジハードの理念や理想としては以前からあった考え方だが、1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した際、アラブ諸国などから来た戦闘員がソ連と戦ったことで、グローバルな空間でのジハードが近代以降の世界で初めて現実のものとなった。

     さらに、パレスチナ出身のアブドゥッラー・アッザームという法学者が、コーランやハディース(預言者とその周辺で布教に従った教友と呼ばれる先駆者たちの言行録)に基づいて、ジハードの理論を世界からアフガニスタンに集まってきた義勇兵に教え込んだ。

     その教えを継いだ弟子の一人が、アルカイダのビンラーディンだ。実は当時、ジハードの思想には様々な考え方があって、「近い敵」「遠い敵」のいずれと戦うべきなのか、という議論があった。「近い敵」とは、イスラム教徒の国の政治支配者なのに、イスラムの理念を守らずに国民を抑圧している者のことであり、「遠い敵」というのは、イスラム世界を侵略する非イスラム勢力のことだ。

     例えば、エジプトのイスラム主義団体である「ジハード団」は、まずは「近い敵」を倒そうとして1981年にサダト大統領を暗殺した。90年代にもムバラク大統領の殺害を図った。しかし、最終的に政権を倒すことはできなかった。アイマン・ザワーヒリーをはじめとした、こうした「近い敵」との闘争に敗れた人たちを糾合する形で、ビンラーディンは、「遠い敵」、具体的にいえば世界の中枢にあって「近い敵」を支えているアメリカへのグローバル・ジハードを展開した。これが2001年の9・11テロにつながっていった。

    ネットでつながる「分散型組織」の誕生

     

     ところがその後、アメリカは軍事、警察、諜報、司法の力などをフルに動員して徹底的にアルカイダを追いつめ、組織に壊滅的な打撃を与えた。組織を広げると一網打尽にされるということを学習したアルカイダは「分散型の組織」を目指すことになる。人的なつながりを広げるのではなく、グローバル・ジハードのイデオロギーを文書にしてインターネット上にアップするなどして、共鳴した人間が一匹狼(ローン・ウルフ)型のテロを各地で起こしていくことを後押しする、いわばネットワーク型の運動へとかじを切ったのだ。近年でいえば、2013年の米ボストンマラソンでのテロや、2014年10月のカナダ・オタワでの国会銃乱射事件などは、このような流れの中で起きた。

     こうしたアルカイダの新たな戦略を作り上げたのはシリア出身のアブー・ムスアブ・アッ=スーリーという人物だ。彼自身は、かつてのアフガニスタンのように、世界から集まった戦士が武装化して組織的なジハードを行うことのできる聖域、すなわち彼の言葉でいう「開放された戦線」を作ることを目標としていたのだが、当面そのような状況は来そうもないので、それまでは一匹狼型の活動を続けていくしかない、といった主張を2004年にインターネット上で発表している。インターネットを駆使した「分散型の組織」は、いわば運動を絶やさないために余儀なくされた結果としての方針転換によって生じたものだった。

     しかし、結果的にはこれにより、ネット上で同志を募り、自発的な参加を促す仕組みができた。これが今日のイスラム国の戦略にもつながっている。しかし一匹狼型のテロを繰り返しているだけでは展望は開かれない。スーリーの言う「開放された戦線」を作り出せるかどうかが、グローバル・ジハードの課題として設定されるようになったのだが、これは思わぬところから実現することになる。きっかけは「アラブの春」だった。

     2010年暮れから始まった「アラブの春」によって、チュニジア、リビア、エジプトなどアラブ諸国では民主化運動が盛んになった。その結果、自由で公正な選挙が行われ、一般には「穏健派」と呼ばれているイスラム教の制度内改革派が各地で台頭した。しかし、それまで政治活動を公式に許されてこなかった制度内改革派は、統治能力を身につけていなかったうえ、、軍や司法や欧米化したリベラル派など反対勢力が徹底的に抵抗し、官僚機構の妨害や軍事クーデタなどで穏健派の統治を頓挫させた。結果として、穏健派は能力不足と実効性の欠如を露呈し、信頼性と期待は失墜していった。逆に、グローバル・ジハード主義など過激派への信頼や期待は相対的に上昇した。

    →次ページ・国家を超えて広がる「開放された戦線」

    2015年02月04日 09時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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