秋篠宮さま誕生日会見詳報(1)![]()
秋篠宮さまの誕生日を前に悠仁さまを囲んで撮影に臨まれるご一家(宮内庁提供)
秋篠宮さまは30日、41歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、紀子さま(40)とともに記者会見を開き、9月6日に誕生した悠仁(ひさひと)さまの近況や紀子さまの入院中のご様子、パラグアイご訪問などについて話された。会見内容は以下の通り。 ――両殿下にお尋ねします。12年ぶりとなったご出産は、部分前置胎盤のため帝王切開となるなど、大変なご心配、ご苦労があったことと思います。悠仁さまが無事誕生された際、どのようなことを思われたか、またご懐妊を知らされた時や前置胎盤であると知らされた時の気持ち、ご入院中の天皇、皇后両陛下や眞子さま(15)、佳子さま(11)がお見舞いに来られた際のことなど、ご出産にまつわるご感想を、エピソードを交えてお聞かせ下さい。また出産を終えられた今、4人目のお子さまについて思われることを、合わせてお聞かせ下さい。 ご回答秋篠宮さま 9月6日に長男悠仁が生まれたわけですけれども、まずは無事に生まれて良かった。そして、12年ぶりになりますので、私たちにとって久しぶりの赤ちゃんというわけですけども、その意味で大変新鮮な印象を受けました。部分前置胎盤ということで、比較的早い時期から入院をしたわけですけれども、近年は医療が非常に発達していますので、その意味で必要以上に心配することはなかったと思います。 紀子さま 入院中には両陛下のお見舞いを賜り、心なごむ時間を過ごすことができ、大変幸せでございました。娘2人の誕生の時と同じように、折々に身重の私をお優しくお気遣いいただき、また前置胎盤をお知りになられ、ご心配いただき、いたわっていただきましたことに深く感謝を申し上げます。また宮さまも私が入院している間、また入院する前、久しぶりに経験する出産、そして、それに加えて前置胎盤であること、そのような中で不安を持っている私を、冷静に、またやさしく支えてくださり、必要な医学的なことがらを分かりやすく、話してくださり、大変うれしゅうございました。また娘たちの見舞いについてですけれども、ちょうど私が病院に入院していた時は、学校が夏休みだったこともあり、宮さまと一緒に、あるいはそれぞれ都合のよい折り、よく来てくれました。眞子は、私が楽しみにしていたオーストリアの滞在の話を生き生きと話してくれ、鑑賞した音楽会のパンフレットを見せてくれたり、オーストリアで求めた音楽のCDを一緒に聞いたりしました。佳子はほぼ毎日こちらを訪ね、私の傍らで学校の夏休みの宿題をしたり、留守にしていた家で、私のいなかった時の家の様子やスケートの練習について、楽しそうに話してくれたりしました。 秋篠宮さま 子供たちの中でも、特に二女の佳子にとっては、母親と長く一緒にいられる時間がとてもうれしかったみたいですね。足しげく通って、病院で宿題をしていたんでしょうね。上の眞子につきましては、佳子ほど頻繁に行くということはなかったと思いますけれども、その分、私との会話の時間が多くなりまして、その意味でいい親子交流ができたと思っております。 紀子さま 子供が無事に誕生した時、ほっといたしました。あわせて両陛下を始め、今年の春から出産まで、励まし支えてくださった多くの方々、医療関係者や家族に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。2人の娘たちの誕生の時を思い出しながら、家族に新たに1人を迎える喜びと、誕生した幼子への愛しさと、命を育むことの重さを再び感じました。3番目の子供を授かったことを知らされた時、娘2人の時と同じようにうれしい気持ちと無事の誕生を祈る気持ちを抱きました。最後に入院中、手厚い医療と看護を受けながら、心穏やかな時間を家族と持つことができました。そのことにより、前置胎盤の気がかりを自分1人で抱えるのではなく、不安な気持ちも新しい命を迎える喜びも、家族とともに一緒にあることと思い、無事に一日一日が出産日に近付くことを感謝しつつ、過ごすことができました。 秋篠宮さま 第4子についてですけれども、それについては今、考えておりません。 ――両殿下にお尋ねします。ご一家に新たに加わられた悠仁さまは両殿下にとって初めての男のお子さまであるとともに、天皇、皇后両陛下にとっても初めての男のお孫さまであります。初めての経験となる男の子の教育と、男子皇族としての悠仁さまの今後のご成長について思われることを、悠仁さまのご様子と合わせてお聞かせ下さい。 秋篠宮さま 私たちにとって男の子というのは今まで経験のないことですので、どのような経緯をたどって成長するのか、分かりません。ただ基本的には、長女、二女と同じように接するつもりでおります。今の段階で言えますのは、元気に育ってくれることを願っているということです。最近の悠仁の様子ですけれども、よく眠ってよく泣いてよく笑っているといったところです。よくお乳も飲んでいますね。 紀子さま 悠仁は来月の上旬には3か月になります。よく眠ることが多かった悠仁も、日に日に目覚ましく成長し、宮さまや娘たちが抱いて話し掛けると、それに応えるようにほほえみ、かわいい声、元気な声を立てるようになって参りました。また部屋の様子や、遊ぶものをじっと見たり、動くものに関心を示し、目で追うことができるようになってきました。宮さまが弾かれるギターの音色を聞きながら、満ち足りた表情でうとうとしていることもあります。また夕方、学校から帰宅した娘たちが悠仁の様子を見に来て、目を見つめて「かわいい」と喜び、それぞれにできる世話をしてくれるので大変助かります。悠仁を囲みながら家族でにぎやかに過ごしている時、10年以上も前、幼い娘たちを夢中になって育てながら仕事をしていた若いころを思い出します。中学生と小学生になりましても、宮さまと私に多くの楽しみと喜びを与えてくれます。そして今、家族5人の日々が始まっていることに感慨を覚えます。これからのことについてでございますが、悠仁は誕生してからまだ2か月しかたっておりませんので、今は心身共に健やかに成長していけるように見守っていきたいと思います。以前にもお話しましたが、小さい時から基本的な生活習慣を学ぶことは非常に大切であると思います。たとえば、あいさつや感謝の心でしょうか。また両陛下をはじめ、周りの方々のご意見を伺いながら、必要なことは時を追って私たちも共に学びたいと考えております。 紀子さま 1番目の質問でちょっと答えるのを忘れてしまったんですけれども、よろしいでしょうか。確か前置胎盤ということを知らされた時は、という質問を答えるのを忘れてしまったので。前置胎盤であるとの診断を医師より受けた時、出産の経験が2回ありながらも、前置胎盤をはじめ、妊娠、出産に伴うほかの様々な医学的な心配事について、一般向けの医学書を読んで得た情報しか知らないことに気が付きました。前置胎盤は安静にしながら経過を見ていくことが大事であること、安静にしていても母子ともにリスクがあること、しかし、医学の進歩により以前に比べてリスクが低くなっていることなど、詳しい説明を宮さまと一緒に伺い、それらのことをしっかりと心に留められるよう努めました。 秋篠宮さま 私も先ほど申しましたけれども、わりと安心した気分でいられたんだと思います。 紀子さま ありがたいことだと思っております。 ――両殿下にお尋ねします。眞子さまは今年、秋篠宮さまのご公務に何度か同行され、夏にはオーストリアで初めてのホームステイを経験されました。佳子さまは学校生活のかたわら、フィギュアスケートに熱心に取り組まれています。お二人のご成長ぶりや、将来女性皇族としてどのような役割を期待されているか、お聞かせ下さい。 秋篠宮さま 長女の眞子につきましては、先月、15歳になったわけですけれども、いわゆる子供という時期から大人へとちょうど移行している時期ではないかと思います。私と話をしていても、私が話したことについて自分で考えて意見を言うようになってきたなというふうに思います。今年は沖縄とか、伊勢とかに連れて行きましたし、夏にはオーストリアでホームステイを、1人で行くのは初めてですけれども、経験して非常に楽しい時を過ごしたようです。それらのことも眞子にとって非常に良い経験になったのではないかと思います。一方、二女の佳子については、フィギュアスケートを一生懸命する一方で、もともと手芸が好きなんですね。よく夜とか部屋をのぞいてみると、何か工作をしているんです。生まれてくる子供のためにも、何だったんでしょうかね、何か一生懸命作っているようでしたね。それから、次の質問にありました女性皇族の役割についてですけれども、私は、私たちと同じで社会の要請を受けて、それが良いものであれば、それについて務めを果たしていくということだと思うんですね。これにつきましては、私は女性皇族、男性皇族という違いは、全くないと思っております。女性皇族だから何かという役割は、私は、少なくとも公的な活動につきましては、思い当たりません。 紀子さま 出産をひかえ、医師の勧めによって安静に心がけておりました私は、宮邸で長く過ごしていましたが、そのような中で娘たちとの語らいの時間が例年より多く持てました。娘たちは毎日私の体調を優しく案じてくれながら、学校などのことをいろいろと話してくれました。私からは娘たちに日ごろ感じていることや考えていることなどを伝えました。それに対して、自分の思いを話してくれました。だんだん私の良き話し相手となり、時には、私が相談しているような場合もあり、そのような成長をうれしく思います。娘たちに話したことは、たとえば、今年、母子保健や地域医療などの仕事に携わっている方々から多く話を伺いました。発展途上国には妊産婦や乳幼児を巡る医療環境が非常に厳しいこと、日本で産婦人科医や小児科医のなり手が少なくなっていることなどについてです。私は娘たちに、「もし私が医療関係者から遠く離れて暮らしていたら、そして前置胎盤であることを知らないでいたら、リスクが非常に高くて今このようにして過ごすことが難しかったかもしれない」との思いを、それから、医師、助産師、看護師、そのほかの多くの方々のおかげで無事に出産し、元気に子供を育てることができることへの感謝の気持ちを伝えました。娘たちはそれぞれ私の話にじっと耳を傾けてくれ、私の気持ちを受け止めたように思います。先ほど宮さまも話されましたが、眞子は今年の夏、学校の夏休みを利用してオーストリアのウィーン郊外にある知人宅で約2週間過ごしました。家を離れて言葉、食事、そのほか様々な生活慣習が異なる中で過ごすことは戸惑う場面もあったかもしれませんが、滞在先のご家族に大変良くしていただき、ありがたく思っております。この機会に出会った様々な出来事を自分なりにとらえ、新鮮な発見と喜びを携えて、貴重な体験をして帰国できたと思います。佳子は小学生として最後の年に当たり、春の入学式では1年生を迎える受付係をしたり、夏には臨海学校で1キロ・メートルの遠泳をしたり、9月には奈良への修学旅行に出かけたりするなど、6年生として充実した日々を送っております。また、今までと変わらずフィギュアスケートの練習にも励んでおります。また、9月に誕生する子供のために、一緒に準備や支度を助けてくれました。佳子が、誕生する子供のことを細やかに思いながら迎えようとする優しさを、うれしく思いました。これから先のことについては娘たちが、様々な経験をする中で次第に社会から何を期待されているかを感じ、求められているものに応えることができるようになってくれればと願っております。娘たちは内親王としての紀宮さまが結婚されるまでのお姿を近くで見ておりました。紀宮さまが一つ一つのお仕事を大切に、丁寧にされていたことを学びながら、娘たちが少しずつ担う役割に対して理解を深めていってくれればと思っております。 (2006年11月30日  読売新聞)
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