天皇陛下 誕生日記者会見詳報(2)――今年は、いじめや自殺、虐待など、子供たちをとりまく環境の厳しさがクローズアップされ、夏には故富田朝彦・元宮内庁長官が残した昭和天皇の発言に関するメモが明らかになり、靖国神社をめぐって様々な議論が起きた年でした。子供たちを取り巻く環境についてと、戦没者追悼について、どのようにお考えかお聞かせください。 ご回答今年は子供のいじめや自殺、虐待など悲しい事件に多く接した年でした。子供を失った親の気持ち、いじめにあった子供の気持ちを察すると誠に心が痛みます。 このようなことをできうる限り防ぐために、親、子、先生が互いに信頼し合う関係を築いていくことが大切であり、子供たちが自分の立場と共に他人の立場にも立って、物事を考える習慣を身につけて育つように、親や先生が助けていくことが重要と思います。近年、生徒が高齢者や障害者との交流やボランティア活動に取り組み、様々な立場の人々に対する理解を深める機会を作っている学校が多くなっていることは心強いことです。私はこういう面に今日の教育の明るい兆しを感じています。 戦没者の追悼は極めて大切なことと考えています。先の大戦では310万人の日本人が亡くなりましたが、毎年8月15日にはこれらの戦陣に散り、戦禍に倒れた人々のことに思いを致し、全国戦没者追悼式に臨んでいます。戦闘に携わった人々も、戦闘に携わらなかった人々も、国や国民のことを思い、力を尽くして戦い、あるいは働き、亡くなった人々であり、今日の日本がその人々の犠牲の上に築かれていることを決して忘れてはならないと思います。 私どもは今までに、軍人と民間人合わせて18万6千人以上の人々が亡くなった沖縄県や、2万2千人近くの軍人が亡くなった硫黄島、そして昨年の戦後60年に当たっては、軍人と民間人合わせて約5万5千人の人々が亡くなったサイパン島を追悼の気持ちを込めて訪れました。救援の手が及ばない孤立した状態で、食糧や水も欠乏し、死者や負傷者の続出する中で、特に硫黄島では地熱に悩まされつつ、敵の攻撃に耐えて戦ってきた人々の気持ちはいかばかりであったか、言葉に言い表せないものを感じています。また原子爆弾を受けた広島市と長崎市は、熱風と放射能により、広島市ではその年のうちに約14万人、長崎市では約7万人が亡くなりました。生き残った人々も後遺症に悩み、また受けた放射能により、いつ病に襲われるか分からない不安を抱いて過ごさねばなりませんでした。 戦後に生まれた人々が年々多くなってくる今日、戦没者を追悼することは自分たちの生まれる前の世代の人々がいかなる世界、社会に生きてきたかを理解することになり、世界や日本の過去の歴史を顧みる一つの機会となることと思います。過去のような戦争の惨禍が二度と起こらないよう、戦争や戦没者のことが、戦争を直接知らない世代の人々に正しく伝えられていくことを心から願っています。 ――3問目の戦没者追悼についてのお話しに関連しまして、追悼の気持ちあるいは追悼の形について昭和天皇とお話し合いになったことで何か印象に残っていること、あるいは昭和天皇から伝えられたことといいますか、そのようなご記憶がありましたらお聞かせいただければ幸いです。 ご回答追悼のことについては伺ったことはありません。 (2006年12月23日  読売新聞)
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