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    災害

    関東・東北豪雨で見逃されたサイン…安全な避難が可能だった

    東洋大学教授 中村 功

    茨城県常総市のケースを検証

     茨城、栃木、宮城で8人の犠牲者を出した関東・東北豪雨。9月10日におきた鬼怒川の堤防決壊で大きな被害を受けた茨城県常総市では、多くの住民が自宅に取り残され、一部地区では堤防の決壊後に市の避難指示が出されたことなど、行政の対応も問題視されている。東洋大学社会学部の中村功教授(災害情報論)は、決壊現場付近の人に情報が適切に伝わり、受け止められていれば、「安全な立ち退き避難が出来た可能性があった」と指摘している。

    「垂直避難」か「水平避難」かの判断

    • 土台から家屋が破壊された決壊現場(中村教授撮影)
      土台から家屋が破壊された決壊現場(中村教授撮影)

     決壊から数日後、現地を訪れると、家は土台のコンクリートから破壊され、氾濫した流れの中心地は土がえぐられ、水が()まり、がれきとともに荒涼とした空間が広がっていた。東日本大震災の津波被災地域とそっくりな光景がそこにはあった。常総市では今回の水害で2名の方が亡くなったが(2015.9.16現在、消防庁調べ)、決壊現場の上三坂地区付近では、濁流の中、命からがら、ヘリコプターで救助された住民も多かった。

     一般に津波の時や大河川の決壊のときは、その破壊力の大きさから、家にとどまらず安全な他の場所への避難が必要である。これは、「水平避難」とか「立ち退き避難」などというが、今回はまさにそれが必要だったケースである。

     「水平避難」に対して、近年「垂直避難」というものが注目されてきた。2004年の新潟・福島水害では、2階がありなから1階にとどまって亡くなった方がいたことや、2009年の兵庫県佐用町の水害では、避難途中に被災した人が出たことなどから、まわりが危ない時には無理をせず2階などに避難することを認めるようになってきた。そして2013年には災害対策基本法が改正され、垂直避難の指示もできるようになった(第60条3)。

     

    災害対策基本法第60条3

    「災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、避難のための立退きを行うことによりかえつて人の生命又は身体に危険が及ぶおそれがあると認めるときは、市町村長は、必要と認める地域の居住者等に対し、屋内での待避その他の屋内における避難のための安全確保に関する措置(以下「屋内での待避等の安全確保措置」という。)を指示することができる」

     

     今回の常総市では、水に追いつめられるようなかたちで2階に上がり、孤立した後、助け出された人がいるが、2階が安全でなければ、それは垂直「避難」とはいえない。

     今回は立ち退き避難が必要であったとはいえ、あの時、決壊現場付近の人は安全な立ち退き避難ができたのだろうか。後づけ的部分がなきにしもあらずではあるが、筆者は、その可能性は十分にあったと思う。では、どのタイミングで立ち退き避難の判断ができたのか。順を追ってみていきたい。

    避難のタイミングは?

     当日は夜明け前から鬼怒川の水位が上昇しており、10日午前2時20分に常総市は決壊現場の少し上流の地区に、「氾濫の恐れあり」として、避難指示を出している。そして6時過ぎに実際に若宮戸地区で鬼怒川の氾濫が発生し、6時半には国土交通省下館河川事務所と水戸地方気象台は「鬼怒川はん濫発生情報」(レベル5)を発表している。それによると、雨は今後も降り続き、水位はより高くなることが予測されている。この時点で鬼怒川は大変な事態になっていたのである。決壊地域のやや下流にある、水海道のテレメータの水位は国交省 (下館河川事務所) のサイトから確認できるが、それによると午前7時には5.62mと同地点の「はん濫危険水位」である5.30mを越え、その後、午後1時には8.06mまで急上昇している。

     第2のポイントは続く午前9時頃のことである。決壊現場近くに住む住民の話によると、すでに9時ころ、決壊現場では堤防の上のアスファルトの部分をさらさらと水が流れ出していたという。何人かの住民がそこに集まって、それについて話し合っていた。ある人は「以前も堤防上端に迫るほどの増水があったが、その時はそのままおさまった」などと話していたという。この住民はそのまま自宅にもどり、昼食を食べ終わったときに水に襲われ、その後ヘリコプターで救助されている。9時の時点では水深はすね位までで、逃げられないことはなかったという。上三坂付近で決壊が起きたのは、その3時間以上後の午後0時50分頃だったので、遅くともこの時点で避難していれば、危険な目にあわなくてすんだのではないだろうか。

    ハザードマップが語るもの

    • 常総市の洪水ハザードマップ 一部拡大図 (矢印が決壊場所)
      常総市の洪水ハザードマップ 一部拡大図 (矢印が決壊場所)

     常総市が作成している洪水ハザードマップをよく見ると、興味深いことがわかる。1つは決壊した場所(図左下の矢印)はハザードマップでは必ずしも想定される水深が深い場所ではなかった、ということである。塗られた色はうす水色であるから、凡例によれば予測浸水深は「1.0m~2.0m未満」である。市内にはより水深が深い場所(2.0m~5.0m, 5.0m以上)もかなりあった。第2は、上三坂地区のすぐ北側には、標高が比較的高い薄緑色の場所(水深0.5m~1.0m)があり、ここを通って行けば、洪水時の避難場所である、石下高校(図右上)までたどり着けるのである。直線距離は1キロ程度である。現地の人の感覚では歩く距離ではないかもしれないが、道を選べば、それほどの危険なく、避難できたかもしれない。日ごろからハザードマップを確認し、いざという時にどこにどのように避難するのかを確認しておくことが重要であることがわかる。

    HPは警戒呼びかけていた

     しかし越水を目の前にして、人々はなぜ逃げなかったのであろうか。一言でいえば「まさか堤防が決壊するとは思わなかった」ということなのだろう。市のハザードマップを見ても色分けは標高によって決まっていて、決壊を想定しているようには見えないので、住民がそう思うのも仕方がないのかもしれない。しかし国土交通省では、かねがねホームページで「鬼怒川、小貝川が氾濫しないとも限らない」として警戒を呼びかけていた。

     また同事務所のホームページは「鬼怒川・小貝川氾濫シミュレーション」として鬼怒川や小貝川の数多くの場所で、破堤した場合のシミュレーションを行い、公開している。国土交通省のこのような危機感は、住民には伝わっていないようであった。

    2015年09月18日 17時59分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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