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    スポーツ

    なでしこジャパン新監督、高倉麻子の挑戦

    読売新聞編集委員 川島健司
     リオデジャネイロ五輪出場を逃したサッカーの日本女子代表「なでしこジャパン」の新監督に、U―20(20歳以下)代表監督の高倉麻子氏(48)が就任した。女子サッカーの先駆者として活躍した高倉氏は、女性初のフル代表監督となる。2011年のワールドカップ(W杯)優勝など、数々の実績を残した佐々木則夫・前監督の後任を務めることになるが、田嶋幸三・日本サッカー協会長が記者会見で、「この人しかいない」と話したほど、就任が確実視されていた。高倉新監督とはどんな人物で、澤穂希さんの引退などで世代交代が迫られるなでしこジャパンを、どう変えていってくれるのか。

    第1号ゴール、アトランタ五輪出場、女子サッカーの先駆者として

    • なでしこジャパンの高倉麻子新監督
      なでしこジャパンの高倉麻子新監督

     高倉氏の歩んできた道のりは、そのまま日本女子サッカーの歴史といっても過言ではない。1968年に福島市で生まれ、小学生の頃から男子と一緒にサッカーボールを蹴った。サッカーをやる女子選手がまだまだ少なかった時代。中学になると、福島県内ではプレーすることが難しく、国内初の女子クラブチームである東京の「FCジンナン」に加入し、週末のたびに福島から通った。

     83年、15歳の時に早くも代表入り。85年には読売ベレーザ(現日テレ)に移籍した。ここでは、時には当時の読売クラブ(現J2東京ヴェルディ)の男子選手と交じって練習した。周囲のプロ選手がボール回しする中に、ボールを追いかける「鬼」の役で入ると、男子選手の巧みなテクニックの前に1時間以上も全くボールが奪えなかったこともあったという。

    • 読売ベレーザ時代、練習に打ち込む高倉選手(1989年撮影)
      読売ベレーザ時代、練習に打ち込む高倉選手(1989年撮影)

     厳しい環境で技術を磨き、野田朱美(前日本サッカー協会女子委員長)、手塚貴子(現日本サッカー協会女子副委員長)といった年齢の近い選手とも切磋琢磨(せっさたくま)した彼女は、頭脳的で技術の高い攻撃的MFとして活躍。代表でもクラブでも中心的な存在となる。89年に始まった日本女子サッカーリーグで、記念すべき第1号ゴールを決めたのも高倉氏だった。

     91年に始まった女子世界選手権(現在のW杯)にも、第1回中国大会、第2回スウェーデン大会と連続出場。初めて女子競技が行われた96年アトランタ五輪でもプレーした。代表では通算79試合に出場し、30得点を挙げたほか、リーグでも最優秀選手2回、ベストイレブンに7回選ばれた大選手だ。

    U―17W杯優勝、監督としても実績十分

     2004年に現役を引退すると指導者となり、14年のU-17W杯コスタリカ大会では6戦全勝の快進撃を見せて、見事にチームを初優勝に導いた。昨年まで4年連続でアジアサッカー連盟の女子年間最優秀監督に選ばれるなど、監督としても既に実績は十分だ。

     今年11~12月には、パプアニューギニアで行われるU―20W杯で指揮を執ることが決まっており、フル代表は当分は兼任監督となる。

     国際サッカー連盟主催大会の代表チーム監督を女性が務めるのは日本では初めてのことで、「選手の時からずっと、〈最初〉を歩く役割だった気がする」という発言もうなずける。「ただ、それにプレッシャーを感じることはない」と言い切れるのは、選手、監督として積み上げてきた成功経験があるからだろう。


    2016年05月16日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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